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茜は、本当の自分を見て、受け入れてくれるだろうか。茜が私を気に入ったのは歳上の男だからだ。しかし、二十年の結婚生活で、ケンカ一つしたことがない。それは、二人の相性が良いに他ならない。運命の相手なのだ。大丈夫。歳上の男でなくなっても、茜は私を受け入れてくれる。たとえ、時間はかかっても。 バスが来て、私たちは乗り込んだ。休日の昼間なので、席はほとんど埋まっており、茜は降車口付近のつり革につかまった。私は、反対側を向いて背中合わせに立つ。前の座席に座るニット帽を被った若い男が、私を見てギョッとして、手元のスマートフォンに視線を固定した。茜の側にいたいが、恥はかかせたくない。だから外では、なるべく茜と距離を保っている。 カミングアウトした日から、つまり茜が私と喋らなくなってから、私は茜となるべく行動を共にするようにしている。会話してくれないのだから、言葉で理解を得るのは難しい。せめて、私を視界に入れてもらいたかった。     
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