EP2:飛ばされた先で

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そして修学旅行が明けてすぐ、入所試験が始まった。 流石に試験会場までカケルを連れていくわけにもいかず、付添人のリリィに預けていくと試験会場に入っていく。 試験は筆記試験から実技試験への二試験。 筆記試験が合格すればそのまま実技試験へとコマを進めることができる。 実技試験の内容はその時々でその直前にならないとその試験者に発表されない。 全てリリィが受けていたときのことで何年も前の事で宛になるとは到底思ってはいなかった。 暫くして筆記試験がスタートする。 試験内容はリリィに叩き込まれたことが大半とそれの応用を利かせて答えるものと二通りで。 大したことないなとさくっと答えていくと解答用紙をひっくり返し試験会場を出て待機室へ向かう。 その道中、落ち込んだように書類を抱え前から歩いてくる青年がセンチェルスを避けることなくぶつかってきた。 その青年はぶつかってからハッとしたように顔を上げすみません……!と頭を下げるがそのまま抱えた書類を床にばらまいてしまう。 慌てたように掻き集める彼にセンチェルスは苦笑しながらそれを手伝った。 「あ、あの……! 本当にすみません……!」 「いいえ、構いませんよ。ここの方ですか?」 「あ、はい! リーヴァ・キールと申します! ここの生徒……なんですが、今年度で退学なんです……すみません……。貴方は……あっ、ここの試験受けている方なんですね……!」 「退学? ……あーなるほど……。それで貴方はなぜこんなところに?」 「あ、僕は一応この後の実技試験でお手伝いさせて頂く予定なんです。まぁ、選ばれれば、という話なんですが……。あー! やばい……! 僕、試験会場に行かなきゃならないので……! 筆記試験、受かっているといいですね!」 それじゃあ!とその青年は書類を抱え走り去っていく。 その背を見送りセンチェルスは待機室へと入っていった。 しばらくして試験時間が終わり合格者が得点の高い者から発表されていく。 センチェルスが呼ばれたのは一番最初で、呼ばれると同時に部屋を出、実技試験の場へと連れて行かれる。 部屋に入ると数名の先輩らしき人々がおり、その中に今にも消えてしまいたいとでもいいたげなリーヴァがいて。 この中から一人選んでその生徒に従い解体を行ってもらうという至って簡単な実技試験内容を告げられる。 一番最初に入ってきたセンチェルスを見た在校生はざわつき始め、試験官に制される。 静まってからセンチェルスはこの中から誰でもいいので一人選んでくださいと言われ一通り見渡してから歩み寄ったのはさっきから自信なさげに俯くリーヴァの前。 その行動に他の生徒も試験官ですら動揺していた。 「あ、あの……僕……」 「リーヴァ、貴方さえよろしければこの私と組んでいただけませんか?」 「えっ……。あ、あのっ……本当に……僕でいいんですか……?」 「はい。貴方がいいんです。駄目ですか?」 「い、いいえ!! 是非……! お願いします……!!」 差し出された手を握りリーヴァは嬉しさの余り泣きだしてしまう。 そんな様子に周囲は信じられないといった様子で二人を見ていて。 あんぐりと口を開き驚く試験官に解体する被検体の場所を聞くとその場所へとリーヴァを連れ向かう。 「あ、あの……っ! あの……っ!」 「私はセンチェルス。センチェルス・ノルフェーズと申します。先程は名乗らずにすみませんでしたね、リーヴァ先輩」 「あ、あの、僕の事はリーヴァで構いません……! それであの……センチェルス様……、僕、本当に足手まといになってしまうかもしれないのに、どうして僕を選んでくれたのですか……?」 「様付けじゃなくて大丈夫ですよ、リーヴァ。選んだ理由ですか、なんとなく、でしょうか。それに……」 「それに……なんですか……?」 「貴方と言う存在に少し興味を持ったから、だから貴方の事を知りたくなった、それではだめですか?」 「い、いえ……! こんな僕に興味を持って頂けてとても嬉しいです……!」 センチェルスの言葉、一言一句に反応するその様子はやっと飼い主が帰ってきた忠犬そのもので。 なんだか可愛いなと思いながら被験体を選びにいく。 行き交う既存の生徒達に驚いた顔をされるところを見ると相当な落ちこぼれなのだとわかってしまう。 ならばと、被験体を一人選ぶとソレを実技試験場へ持っていくとささっと解体を始める。 死んでいるとはいえ人の解体は初めてで、どうしたらいいですか?とリーヴァに聞くとえっとえっとと手元の資料を漁る。 その様子を見て試験官はやれやれといった様子で肩を落とし見ていて。 床に散らばっていく資料を拾い上げながら貸してくださいとリーヴァから資料を受け取り一通り目を通していく。 「なるほど……」 「あ、あの……センチェルス様……」 「リーヴァ、こちらへ」 「は、はい……っ!」 傍に手招かれたリーヴァはなんだろうと駆け寄っていく。 センチェルスはリーヴァのその手にはメスを握らせ後ろからその手に自分の手を重ねるとそのまま死体の解剖を始める。 当のリーヴァはされるままになっていて。 突然のことに試験官も止める間もなく解体が続けられる。 「あ、あの、センチェルス様……っ」 「大丈夫、大丈夫ですよ、リーヴァ」 「僕……っ、こんな……っ」 「上手ですよ、そう……ここを切って……そこをこう切り離せば……。ほら、上手く解体できたじゃありませんか、リーヴァ?」 「あ、あっ、あの、ぼ、僕……」 「これで私の実技は終わりでいいですね?」 「は、はい。これで終わりで結構です。試験結果は後ほど掲示しますので、待機室にてお待ちください」 それではとリーヴァから離れるとセンチェルスは部屋を出ていく。 手に残った感触を確かめながらリーヴァはある決意を胸にセンチェルスを追いかけていく。 「センチェルス様……!!」 「おや、リーヴァ?どうかしましたか?」 「あ、あのっ…!ぼ、僕を…センチェルス様の助手にして頂けませんでしょうか…っ!?」 そう言ってポケットから取り出したくしゃくしゃになった紙をセンチェルスに差し出し頭を下げる。 その紙は何度も破かれた跡があり、何度も何度も色々な人の名前が書かれては消された跡が多々見受けられこの子は何度もその思いを踏み躙られて来たようで。 それを差し出しながらリーヴァは泣きながら言葉を続ける。 「僕、こんな落ちこぼれですし、足を沢山引っ張ってしまうと思います……!! それでも……何か僕に出来ることなら何でもします……! ですからどうか僕を貴方の助手にしてください……!」 「しかし、私はここに入れるかどうかもわからないんですよ? ここの制度もわかりませんし貴方の気持ちはとても嬉しいのですが……」 「お願いします……っ! お願いですから……っ、僕を傍においてください……っ! 貴方に命じられるならなんだってします…っ、ですから…っ」 お願いしますとセンチェルスに縋り付きそのまま泣き崩れてしまう。 なんだなんだと生徒たちが見に集まってしまい、参ったな……とセンチェルスはリーヴァをなんとか立たせとりあえず待機室へと誘導する。 待機室は実技試験を行っているのか無人でここならと、リーヴァを座らせ話の続きを聞き始める。 リーヴァ曰く、ここは自分がこの人に付きたい、と思った人に先程の助手申請届にその人の名前を書き、その当人に渡し許可が出れば登録室にてそれが登録できるという。 リーヴァはあまりの出来なさにその申請届を書いては幾度となく拒否され、それが教員の目に触れ本来貰えるはずの新しい申請届の紙を貰えなくなっていたという。 なるほどとボロボロのそれを見て納得するとリーヴァは再び助手にしてくださいと頭を下げてくる。 「そんなにどうして私に拘るんですか。他の先輩方たちに断わられたから新人の私ならとでも思ったんですか?」 「それも……ないとは言えません、すみません。ですが……! さっきの手捌き、的確な指導。僕には貴方しかないとそう直感的に思ってしまったんです……! きっとセンチェルス様なら合格されます……! ですから他の人に取られる前に……、僕を助手にしてください……っ! お願いします……っ!」 「……わかりました。私が合格したらそこに私の名前を書きなさい。満足させられるかはわかりませんがそれでもよろしければ助手の件、お受けしましょう」 「……!! ありがとうございます……っ! センチェルス様……っ!」 そう頷くとリーヴァは嬉しそうにセンチェルスに抱きつきありがとうございますと繰り返す。 センチェルスはそんなリーヴァを抱き止め、宥めようとするが相当嬉しかったようで暫くは収まらなさそうだった。 暫くして全ての試験は終わり結果が貼りだされる。 点数順で発表されたその中でセンチェルスはやはりトップの成績で。 名前があることを確認し隣に立っているリーヴァを見ると手元のペンでセンチェルスの名前を申請届に書いていて。 書き終わるとその紙をセンチェルスに渡し、下の承認のサインがほしいと幸せそうに笑った。 はいはいと苦笑しながらもセンチェルスはその欄にサインをする。 その紙を受け取るとこっちです!とセンチェルスを連れ登録室へと向かう。 「どうした、キール。申請届の新しいやつならやらんぞ」 「先生! 僕、やっと僕のことを助手にしてくれる人が現れたんです! 登録お願いします!」 「なんだって!?」 お願いします!と笑顔で紙を渡すリーヴァにその先生は信じられないといった様子でその紙を見ていて。 「そんな馬鹿な、どんな物好きだ……? お前のような出来損ないを助手にしてくれるなどという奴は……」 「私ですよ、先生」 「君は……あ! 今日の入試で歴代最高得点を叩き出した……!? なぜ君のように素晴らしい逸材がこんっっっっな能無しの出来損ないを助手に!? 君ほどなら入所後に他にだってきっといい助手が現れるだろうに……! なぜ!?」 そう言って指を差されたリーヴァはそうですよね……と俯いてしまう。 そんなリーヴァを抱き寄せ、それなら尚更ですと彼に罵声を浴びせる先生に笑って答える。 この子を私にくださいとそう付け加えて。 「センチェルス様……」 「そんな言われようをされるこの子がとても興味深いんですよ。私の手でどこまで育て上げられるか、とても興味深い素材じゃありませんか」 「しかしこいつは……っ、今年度で大した成績も上げられなければここから出ていってもらうことになっているんだぞ……? それでもキミはこいつを助手にするというのか!?」 「はい。要はこの子がそれなりの成果を上げればいい話でしょう? そんな容易いこと、成し遂げてみせますよ。それが無理なら私ごとこの子を退学させるなりなんなりすればいい」 「そんな……! センチェルス様まで……っ」 駄目ですよ……!と見上げるリーヴァの頭を撫で、いいんですと微笑みかける。 そんな二人の様子に信じられないと肩を竦め先生はその紙を受け取りデータに入力していく。 入力が終わるとぶっきらぼうにそのカードを渡せとリーヴァに声をかけ、彼はその言葉通りに首から下げたネームプレートのカードを先生に渡す。 そこに入力したデータを読み込ませ終わると出来たぞとそれをリーヴァに返す。 カードを受け取った彼は幸せそうに笑ってありがとうございますとセンチェルスと先生に頭を下げる。 「前代未聞だぞ……。新入生の助手になるなんて……。しかもよりによって歴代最高得点を叩き出した新入生の助手になるなんて……。はぁ……胃が痛い……」 「センチェルス様、これからよろしくお願いします! 精一杯尽くさせて頂きます!」 「あの、その様付けやめませんか……? リーヴァ? そんな様付けされるようなこと私してませんし……」 「いいえ! センチェルス様は僕を救ってくれた神様のような存在です! ですからこれでいいんです!」 「そうですか……。まぁ貴方がいいならいいですが……」 「はい!」 にこにこ笑うリーヴァに彼がいいならいいかと苦笑しながら頭をぽんぽんと撫でるとそのまま登録室を出、養成所の出口に向かう。 その間もリーヴァはカードを何度も見ながら幸せそうに笑ってセンチェルスの名前を呼ぶ。 出口に着くと待たせていたリリィとカケルが駆け寄ってくる。 隣にいるリーヴァを見てリリィがその子は?と尋ねてくる。 その問いに私が答えるより早く私にぎゅっしがみつき、僕はセンチェルス様の助手です!と自慢げに告げた。 「あらー……じゃあカケルくんの付き人入所は無理ねぇ……」 「え!? オレ、センチェルスと居られないの!? そんなのやだ……!!」 「仕方ないじゃないー。助手は一人までって決まっているのよー。しかもここ寮制だから尚更ねぇ……」 「やだやだやだ!! お前助手やめろよ!! センチェルスはオレのだぞ!!」 「センチェルス様の助手は僕です!! やめません!!」 どうしたものか……とリリィに助けを求めるもどうすることもできないと肩を竦められる。 その間も二人はセンチェルスを取り合う。 「やだ……やだよぉ、オレ、センチェルスがいなくなるなんて耐えられない……っ」 「リリィ、何か他に方法は?」 「無いことはないけども……カケルくんの頭じゃあねぇ……」 「どうすればいい!? 先生!」 「第二次があるから狙うならそこなんだけど……なかなかに狭いわよ? それでも、やる?」 「やる!! センチェルスと一緒にいる為ならオレなんだってする……!」 オレ頑張るから!とリリィに訴え、それならとセンチェルスも協力しますと告げるとカケルは振り返りリーヴァを指差しお前に負けねぇから!と走り去って乗ってきた車に飛び乗る。 そんなカケルを見送るとセンチェルスはリーヴァに振り返りまた入所式でと彼の長い髪にキスをして去っていく。 突然のことに驚いて動けなくなったリーヴァを見てノルフェーズくんらしいわねとくすくすと笑い後追い車に乗ると二人を連れて養成所を去っていった。
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