EP1:解放の糸はいとも容易く

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EP1:解放の糸はいとも容易く

全ての始まりはとある魔王の封印したところより始まった。 彼の名はエルザーク・フェミル。 暗黒を司る属性王。 彼がしたことは数知れず。 街や村を破壊し、人々を苦しめてきた。 しかしその自覚は彼にはなく、ただ人々に追い掛け回され続けていた。 「そっちに行ったぞ!!」 「わかった!!」 なぜあんなことをしてしまったのか。 あの男に会ってから我はどうなってしまったのか。 あんなこと我は望んでなどいなかったのに。 そう思いながら彼は自分の屋敷内を逃げ回る。 そのうちここにはもう居場所がないと感じた彼は屋敷を飛び出し森の奥のほうにある寂れた聖堂へとたどり着く。 荒れた息を整えているとばたばたと武器を構えた人間たちが聖堂へと駆け込んでくる。 どうにか応戦しようとするもまだ目覚めて1年ほどの彼に自分を傷つけようとしてくる人間たちをどうにか殺さないような手加減などできるはずもなく。 じりじりと追い詰められていくその先には錆びた十字架が使われるときを待ち侘びているように鈍く光った。 「我は……我は……」 「追い詰めたぞ!! 魔王エルザーク!!」 「ここで貴様はおしまいだ!!」 「い、いや、だ……っ、我は……っ!」 「うるさい!黙れ!! この化け物め!!」 「……っ!!」 封じられたくない、まだ生きていたい…。 そう願うのに人間たちは彼を追い詰めその心臓に黒い鋼の剣を突き立てる。 刺された衝撃でよろけた彼の体が浮き上がり、その身を錆びた十字架に磔にされる。 さらにその封印を強めるように十字架より鎖が現れ、その身をぐるぐると纏わりつく。 生きたいまだ生きていたい。誰か……、誰か……、我が……。 ──生きていい場所をください。 そう願いながら彼はその意識を閉ざした。 それから数十年。 生まれたのは紫の髪に赤い眼の子どもで。 彼に付けられた名は「暁 聖夜(あかつき せいや)」 聖なる夜に生まれた神の子。 民衆は彼をそう呼び崇めた。 しかし不意に見せた【人を操る能力】。 それは彼自身で制御できるものではなく、見たもの全てを自身の支配下に置くようなとても恐ろしい能力で。 天使様の力が込められたという小さな眼鏡を神父より与えられた彼はそれ以降その力を無制限に使うこともなくなった。 だが、その力故、人々は彼を悪魔の子と呼び、またその子を産んだ両親も咎められるようになりその鬱憤を晴らすかのように彼は両親から暴力を受けていた。 「痛いっ、痛いよ……っ、母さん……っ」 「あんたなんかに! 母さんなんて! 呼ばれたくない……! この悪魔…!」 「ぼ、僕は、悪魔じゃ、ない……っ!」 「うるさい!! この化け物……っ!!」 叩かれ、蹴られ、その体には無数の痣が残っていて。 気が済んだのか母親は聖夜を屋根裏部屋に放り込むとその扉に鍵を掛け去っていった。 声を殺し、壊れかけのベッドの上で泣きながら、どうして自分がこんなひどい目にあわなきゃならなんだと唇を噛んだ。 そんなある日……。 傷口を隠すような長袖の服を着させられ両親共々向かった先は聖堂で。 今日は聖堂で何かあるらしく連れて行かれた。 色んな人々が集う中始まったのは神父様の聖書の朗読で。 よくわからないまま聞いてた聖夜の耳に突如入ったのは助けてほしいというあの魔王の掠れた声で。 他の者には聞こえていないようで聖夜はきょろきょろとあたりを見回しその声の発声源を探した。 どこから聞こえるんだと見渡し、視界に入ったのは十字架に磔にされたエルザークの姿で。 「あれ、は……」 『我が声が聞こえるか……? 聞こえるなら応えてくれ……。我を……助けてくれ……』 「貴方を……僕が……?」 『ああ……。やっと聞こえる者が現れたか……。そうだ、汝だ。頼む、助けてくれ……。そうすれば汝の願い、叶えてやろう』 「僕の……願い……」 『ああ。だから我を……』 その言葉を最後に青年の声は聞こえなくなり、いつの間にか神父様のお話しも終わっていた。 さっきの声は一体何だったんだろうと考えていると後ろからねぇねぇ!と声をかけられる。 驚いて振り返るとそこには自分と同じくらいの少年がいて。 「ボクはアーメイ! キミは?!」 「僕、聖夜……」 「聖夜くん! この辺に住んでるの?!」 「え、あ、うん……」 「そっか! じゃあ今度遊ぼうよ! ね!」 「あ、い、いや……僕は……」 「聖夜、行くわよ」 アーメイとの会話を遮るように母親に声をかけられた 彼は引き摺られるように聖堂を出る羽目になる。 そして始まる暴力の日々。 挙句の果てに父親の性欲を満たすために愛玩人形のような真似事をさせられる。 いやだいやだと拒絶しても体格差で逃げることも出来ず、無理矢理に抱かれる日々が始まる。 そんな日が何ヶ月か過ぎ、もはや生きていくことすら嫌になってきた頃。 何度か訪れてくれたアーメイは母親たちによって帰され、次第に会いに来なくなっていた。 せっかく自分と友達になってくれようとしてくれていたのに両親のせいでそれも叶わなくなった。 もういっそ死んでしまったら楽になれるんだろうかと部屋にある唯一の窓を開き下を覗いた。 夜風が肌を撫で、落ちるなら今かなと足をかけた時だった。 死ぬならその命我によこせと青年の声が響くと紫色の光の球が目の前に現れる。 「貴方は……」 『我が名はエルザーク・フェミル。少年、その命、不要なら我に寄越せ。我に差し出せ。我の為にその命を』 「貴方の為に……?」 『苦しいのだろう? 辛いのだろう? ならばそれら全てから解放してやろう。だからその身、その命、全てを我に差し出せ。我を復活させよ』 「そうすれば、もうこんな日々を過ごさなくて、すむのですか……?」 『ああ』 だから受け取れと出現した黒水晶を慌てて両手で受け取ると同時に聖夜は窓から落ちてしまうが紫色の光に包まれて地面に静かに降ろされた。 光は待っていると告げ聖堂の方へ消えていった。 聖夜は手元に残った黒水晶を暫く見つめ意を決したように走り出す。 こんな生活から抜け出せるなら。 自分を傷つける者から逃げることが出来るならば。 もう辛い思いをせずに済むなら。 この命など惜しくはない。 その思いだけを胸に聖夜は聖堂へ向かって走り出す。 真夜中の聖堂へこっそり忍び込み魔王の元へと歩みを進める。 静かに、神父様に、シスターに見つからないように。 彼が磔にされた十字架のまで歩みを進め、ふと見上げる。 胸に黒い剣が刺さったまま痛々しいその姿はどこか美しくて。 見惚れている場合ではないと手元の黒水晶を頭上に掲げると眩しいくらいに輝き出した。 その輝きに気づいたのかバタバタと神父様やシスター、この聖堂の関係者が集まってくる。 「一体なんなんだ……?!」 「あれを……!」 「あれは……っ、魔王の黒水晶……!! くっ…あの子がやったのか…!?」 「キミ……! 何してるんだ!!」 口々に向けられる責め立てるような言葉に少し動揺しながらも聖夜は魔王解放の為にその黒水晶が魔王に吸い込まれるまでその手を掲げ続ける。 次第にその黒水晶は魔王エルザークに吸い込まれていきその溢れ出る冷たい力でこちらへ寄って来ようとする聖堂関係者を退けようとしている。 だが、なにかが邪魔をしているようでその力が、その身が解放されることは無くて。 何故だと聖夜は封じられたエルザークを隈無く見定め、彼の胸に刺さった剣に目がいき、これかと聖堂の教台に駆け上がりそのままその剣に飛び移ると、十字架に足をかけながら解放の邪魔をしているであろう剣を一気に引き抜く。 途端にその体に纏わりついていた鎖が砕け散りその身が、その力が解放され、ふわふわと浮かび上がる。 解放された衝撃で落下する聖夜を解放されたエルザークが片腕に抱え、静かに聖堂関係者の前に降り立つ。 「久しいな、この世界を見るのは。我を封じた人間共がこうもまだ存在していようとはな……」 「魔王……エルザーク……っ」 「まぁいい。人間なんぞすぐ消し去ってやればいいだけのこと。その後あの男を葬ってやれば終わりだ」 「ふ、ふざけるな……!! こうなったらまた貴様を……っ!」 そう叫び武器を構える関係者たちを一層するかのように空いている手を一閃し衝撃波で一度に叩き伏せる。 その一部始終を見ていた聖夜は驚き、床に、壁に倒れ込んだ関係者たちとエルザークを交互に見る。 その視線に気づいたのかエルザークはあー忘れていたな、と聖夜を教台に座らせ指で何か文字を書くとそれを彼に半ば強制的に吸収させた。 「覚醒せよ、古より在りし存在、時と空間を司る者、センチェルス・ノルフェーズ!!」 「………っ!?」 エルザークの言葉に呼応するように彼の体が緑色に光りだす。 湧き上がる力に応えるように彼の姿が変わっていく。 ボロボロだった服は消え去り紫色を基調に金の縁取りがされたゴシック服へ、短かった髪は襟足だけがロングへと変わり、その背には漆黒の翼、そしてその手には三日月型の刃がついた身の丈程の杖が現れそれをこつんと床につけるとそっと床に降り立った。 聖夜はその湧き上がる力の使い方を無意識に確信した聖夜は術を発する。 途端に倒れ込む人々は時が止まったようにその動きを止め、それを見計らってエルザークが自らの術を放ち関係者たちの息の根を仕留める。 「時空術か。初めて見たがなかなか使い勝手のいいものだな」 「セン……チェルス……? それが、僕の……私の新しい名前……」 「ああ。そうだ。汝は時と空間を司る者、時空術師センチェルス・ノルフェーズだ。さて、汝を傷つける者を片付けに行こうか。ちょうどいい機会だ、汝の力を見せてみろ」 「……はい。エルザーク様」 軽く会釈し、エルザークとともに聖堂を出た。 その時だった。 聖堂横でがさりと音がし慌てて武器を構えるとそこには驚いてその場に座り込んでいるアーメイがいて。 始末したほうがいいかとエルザークが術を放とうとするのをセンチェルスとして覚醒した彼が待ってほしいとその前に立ち塞がる。 「聖夜くん………なの……?」 「うん。ごめんね、アーメイ。いつも来てくれてたのに……」 「ううん……。聖夜くん、あの人たちに酷い事沢山されてたんでしょ? ボク、聖夜くんのお家のお隣さんだったから……聞こえてて……」 「アーメイ……」 「センチェルス、そいつは汝の知り合いか?」 「あ、はい。彼は私の……たった一人の友達です。ですから、彼だけは……!」 助けてください、と頭を下げるセンチェルスにわかったと頷く。 よかったと安心したのも束の間、聖堂へ向かってくる無数の足音に気づき、ここを離れるぞとエルザークはセンチェルスの手を引く。 アーメイも!と手を伸ばすがアーメイはボクが時間を稼ぐからとその手を掴むことはなく。 時間がないとエルザークはセンチェルスを抱えその場から飛び立った。 「エルザーク様……!! アーメイがっ、アーメイが……っ!!」 「あいつの行動を無に還すな。センチェルス」 「でも……っ」 「……大丈夫だ。あとで必ず助けにいく。安心しろ。あいつは汝の大切な友達なんだろう?」 「……っ、はい……っ!」 「とりあえず成すべきことを成してから、話はそれからだ」 そう告げエルザークは彼の両親のいる家へ。 怖い。この場から逃げ出したい。今すぐに……。 その恐怖で足が竦んで動けないセンチェルスを我がいる、大丈夫だと手を引きエルザークは両親の元へ歩みを進める。 案の定聖堂での騒動を聞きつけて両親はそこへ向かうための武装を整えていた。 誰だと両親が振り返った先には変わり果てた姿の自分たちの息子と、聖堂に封じられているはずの魔王の姿があって。 センチェルスは手に持った武器をぎゅっと握りしめ彼女らに向き合うが足が竦んで動けない。 恐怖で体が支配されてしまっているのか言うことを聞いてくれない。 「あっ……あっ……」 「センチェルス、大丈夫だ。汝なら出来る」 「あっ、わ、わたし、は……わ、たしは……あ、あぁああああっ───!!!」 恐怖でなにもわからないまま放った術は両親にあたり、その体はバキバキとまるで玩具のように崩れていく。 それと同時にセンチェルスの体も徐々に崩れて始めて、痛い痛いと叫ぶ彼にやばいとエルザークは彼の手の杖に手を添え、自分の魔力をその術に同調させかき消すと両親たちを暗黒術で消し去る。 術の切れたセンチェルスはまるで糸の切れたマリオネットのようにその場に座り込み泣き叫ぶ。 「時を破壊する術か……。センチェルス、大丈夫か?」 「わ、たしはっ、私は……っ」 「大丈夫だ。センチェルス。汝は此処にいる。大丈夫。さぁ、汝の大事な友人を助けにいこう?」 「エルザーク様……」 エルザークは大丈夫、大丈夫とその壊れかけの体を抱きしめ、少しずつ修復していく。 崩れた片翼は戻らなかったが命あるだけマシかと彼が泣き止むまでその身を抱き締めてる。 センチェルスはただ何が起こったのかもわからないまま自分を抱き締めてくれている彼にしがみつくように泣き続ける。 怖くて、辛くて、痛くて、でももうあんな苦しい思いをさせる存在がいなくなってくれたんだと嬉しい気持ちが複雑に絡み合ってうまく感情がコントロールできなくて。 そんなセンチェルスを慰めるようにエルザークはまるで子供のようにあやし続けていた。 「センチェルス、もう大丈夫だな?」 「……はい。すみません……」 「よい。さて、街が燃えているのだが、心当たりはあるか?」 「……? 街が……?」 一頻り泣いたあと、窓の外を見ると一面が炎に包まれており、人々が生きながらに焼かれていく地獄が広がっていた。 二人して外に出るとそこには何かをやりきったようなアーメイがいて。 声をかけるとアーメイは振り返り堰を切ったように泣き出しセンチェルスに駆け寄った。 泣きながらアーメイは語る。 あの後なんとか時間稼ぎをして聖堂へ来た人たちを入れないようにしたけれど突入されてしまったこと。 それを見て時間稼ぎをしようとしたアーメイが魔王一派の仲間だと思われ家族が皆殺しにされてしまったこと。 その時に自分が放った“みんな殺し合えばいいんだ!”と言った言葉。 それを聞いた人々はその言葉通りに殺し合いを始めたという。 どういうことなんだろうと戸惑うアーメイに虫の息ではあったがまだ息のあった父親がお前は言葉で人を操る事のできる言霊使いなんだと言い残して死んでいったと。 それを聞いたアーメイが火種を手に入れこの街を燃やしたと。 紡いだ言葉は拙いものだったが大方こういった内容だった。 今は何を聞いてもアーメイの言葉に操られることはないがどうやら彼の意思で彼が発した言葉でないと発動しないもののようで。 「アーメイ……。ごめんね、僕のせいで……」 「ううん……。もういいの……っ。聖夜くんだって沢山辛い思いしたんだもん……っ、せっかく掴んだ自由を責めるなんてボクには出来ないもん……」 「アーメイ……」 「そろそろここを離れるぞ。センチェルス。そいつを連れて行くなら汝が連れて行け」 「は、はい……っ」 街の様子を伺い苦虫を噛み潰したような顔をしたエルザークはそう言い放ち飛びたってしまう。 それを追うようにセンチェルスもアーメイを連れ飛び立った。
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