EP3:接触までのカウントダウン

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ここに売られてきたあの日、父親は珍しく機嫌が良かった。 どうやら少し離れた町外れで実験局の人が来ているらしく被験体を探していると聞きつけたらしく、ウィードを売り飛ばせばいい金になると帰ってきたらしい。 それを聞いたセンチェルスたちはおそらくそれはアーヴェストとその部下たちだろうなと思いながら彼の話の続きを聞くことにした。 ウィード曰くそれを聞いた母親のアリアは傷ついた彼を抱き締めそれはだめだと首を振った。 今まで自分に逆らうこともなく従順だった彼女に逆上した父親はキッチンから包丁を持って来て脅してきた。 そいつをこっちに渡せと叫ぶ父親にアリアは頑として首を縦に振らず、さらに怒った父親はその包丁を振りおろした。 けれどその刃がウィードに届くことはなく、自分を抱きしめ守ってくれたアリアの背を切り裂いて。 その現実を受け入れられなかったウィードは心と共に記憶を封じたと告げた。 「ままはっ……おれを守って……、おれ……っ」 「リーヴァ。アリアはどこに?」 「僕が昔見つけたラベンダー畑に埋葬しました。あの方はとてもウィードくんを大切にしていたようなので、僕からの最大の敬意です。必要であれば案内しますよ」 「父親は?」 「知りません、あんなろくでなし」 「わかりました。……ウィード。落ち着いたら一緒にお墓参りに行きましょう。お母さんに自分は元気に生きてますって伝えに」 リーヴァにそう聞き、ウィードに目を合わせるようにしゃがみこみ肩に手を置くとそう提案する。 泣きじゃくりながらもウィードは小さく頷きセンチェルスに抱きついて再び声を上げて泣き始めた。 はいはいとセンチェルスは彼を抱き上げあやすように背中をぽんぽんと叩く。 「ほんと、親子っぽいなー。センチェルスとウィード」 「君と同意見なのは癪に障るけど、そうだね」 「いちいちムカつくな、お前」 「小さなことでイラつきすぎじゃない?だから単細胞って言われるんだよ」 「んだと!?」 「あーこら二人とも喧嘩しないでくださいねー。ウィードあやすので手一杯なのでー」 泣きながらごめんなさいを繰り返すウィードに大丈夫、大丈夫ですからとあやすセンチェルス。 そんな二人を見ながら未だに冷戦状態のカケルとリーヴァは目線だけで喧嘩をしていて。 暫くして泣き疲れたのか眠ってしまったウィードを抱きかかえたままセンチェルスは報告書をアーヴェストへ届けに行く。 彼は報告書に目を通し、ウィードの背に広がる翼を見ると触れようとしてくるが、それをセンチェルスは許さず庇うようにしてこの子を起こさないでくださいと睨みつけた。 「随分と可愛がっているようだね、センチェルスくん。そんなにソレが大事かい? 壊れかけなのに?」 「徐々にこの子は心を取り戻しつつありますから。この子に取り込まれてしまった欠片を取り戻すまでは手元に置かせて頂きますよ」 そうなんだ?と何か有り気に笑い、下がってもいいよと告げてくるアーヴェストに不審を抱きながらもセンチェルスはウィードを連れ部屋へ帰っていく。 その道中。 「センチェルス……」 「あ、目覚めたんですか? ウィード」 「……お外……行きたい……」 「外? 夜ですし寒いですよ?」 「……大丈夫……」 目を覚ましたウィードはセンチェルスの白衣をぎゅっと握り、見上げるとそうお願いしてくる。 なんだろうと思いながらも彼は実験局の裏手にある庭に向かい、近くのベンチに座ると、自分の膝に座らせる。 外はすでに暗く満月が空に昇っており、月がきれいだね……とウィードが小さく呟き、そうですねと彼は返す。 少しの沈黙の後、外に出てやはり寒いのか震えるウィードにセンチェルスは自分の着ていた白衣を脱ぐと彼に羽織らせどうですか?と声をかける。 「ぶかぶか……。でも……あったかい……」 「それで、一体どうしたんですか? 突然外に行きたいなんて」 「……センチェルスは俺に取り込まれたアレが欲しかったんだよね?」 「ええ、まぁ……。でも取り込まれてしまった以上どうしたら貴方から取り戻せるか考えますよ」 「センチェルスは取り出し方知ってるんでしょ……? 俺を殺さないの……? 殺せば簡単に手に入るのに……」 「……そう、ですね。不思議とそれを拒んでいる自分がいて驚いています。貴方は私の主を封じた仇の子孫だと言うのに」 不思議ですよね、と苦笑するセンチェルスにウィードは重ねて尋ねる。 仮に前の状態で自分の中に水晶の欠片を取り戻せてたら自分をどうするのかと。 殺す?と首を傾げるウィードにそのつもりだったんですけどねと息をつき空を見上げる。 「憎くてたまらないはずなのに、なぜなんですかね。なんだか不思議です」 「センチェルス……。……俺も、ね……あの、ね……ここに売られてきた時、あーもう死ぬんだって思った。でもそれでもいいかなって……。もうお母さんと一緒にいられないならって……。でも、ね、俺……センチェルスに会って……それで、ね……あのね……」 「ウィード?」 「俺……、センチェルスともっと一緒に生きたいって思ったの……っ! だめ、かな……?」 「私と?」 うん、と頷く彼はまるで天使のような笑みを浮かべていて。 センチェルスはそんな彼を見てずっと解決出来なかったもやもやの正体に確信を持った。 きっと自分はこの子を守りたいんだと。 境遇は違えども同じく親に傷つけられた者同士、今度は力がある自分がこの子が傷つかないように守りたいんだと、そう確信してふっと笑みが溢れた。 「センチェルス……? どしたの……?」 「ふふっ……なんでもないですよ、ほんとに……。ロードの言うとおりということですか……。全く……不思議な子ですね、貴方は」 「俺? 不思議?」 「貴方は私の天使のような存在なのかも、しれませんね。ウィード」 「天使? 俺が? 羽は黒だよ?」 きょとんと首を傾げている彼の頭を撫でながら微笑みかけると嬉しそうに笑って。 しばらく二人して空を眺めているとウィードが白衣でも寒いと震え、自分にしがみついたのを機に部屋に戻った。
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