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「ここが……魔王エルザークの屋敷……」
「さて、アーメイとやら。汝はこれからどうするんだ?」
屋敷に着いて、エルザークの部屋に招かれた二人は用意された椅子に腰を掛け辺りを見渡す。
ふと聞かれた質問にアーメイはうーん……と悩む。
一緒にいてくれないの?とセンチェルスに問われそれでもいいんだけど自分の能力が自分でもよくわかっていないからそれを知る為に旅に出たいと彼は申し出る。
その言葉を知っていたのかエルザークはこれからの計画をアーメイに、そしてセンチェルスに完結に話す。
“この世界を暗黒に染め上げる”と。
そしてその後はある男を殺しにいくと。
「その男とは一体……」
「我をこんな目に合わせた張本人だ。名をフェルナンド・シスリアという。我ら魔王の頂点に立つもの、らしい。あいつのせいで我は全てを失った。必ずその報いは受けてもらう」
「ですが、そんな相手にどうやって……」
「必ず方法はある。それを探す。センチェルス、汝にも手伝ってもらうぞ。全てを捧げる覚悟は出来ているはずだろう?」
「はい。もちろん」
「そっか。じゃあボクはやっぱり旅をしようかなー。そしたらきっと聖夜くんの役に立てる日が来るかもしれないし!」
座っていた椅子からぴょんと立ち上がると元気にそう宣言するアーメイ。
私の役に?と首を傾げるセンチェルスにアーメイは自分の仲の良い子は聖夜くんだけだからと笑いかける。
ひとりで寂しくない?と聞かれれば寂しいと返ってくるはずなのに大丈夫だよ!とその笑顔を絶やすことはなくて。
そんなアーメイを引き止めたくても引き止められないのを知ってかセンチェルスは彼を抱きしめ、いつでも戻ってきていいから、待ってるからと告げた。
「うん……っ、ありがと、聖夜くん……っ、ありがと……」
泣くのを堪えたような震えた声でそう言うと行ってきますとセンチェルスから離れていく。
ロビーまで二人で送り出し、行ってらっしゃいとアーメイを1人旅へ送り出した。
「さて、センチェルス。身体は大事ないか?」
「はい。片翼だと少々バランスが取りづらいのはありますが、後は至って問題ないです」
「そうか。ならいい。しかし随分とこの屋敷を放置してしまっていたようだな。どうしたものか……」
アーメイの姿が見えなくなってからエルザークはセンチェルスに向き直りながら随分と時の経ってしまった屋敷内を見渡しそう呟く。
このだだっ広い屋敷内を二人で清掃していくのは骨が折れる。
何かいい方法はないものかと考え込みながらセンチェルスの方をちらっと見る。
私ですか?と首を傾げたセンチェルスは少し考え、自分の時空術が使えるのではないかという答えに辿り着き、やってみますと小さく頷いた。
屋敷全体の時を戻す必要があると一旦二人で外に出るとセンチェルスだけ屋敷の屋根上に飛び上がる。
屋敷全体が見えるところまで飛び上がると、くるくると杖を回し両手でしっかり握ると自分の時を魔力へと変換していく。
魔力を高めていけばいくほど彼の周りに浮かび上がる緑色の光の粒子は増え、1~12までのローマ数字がランダムにふわふわと舞い始める。
魔力を一定数高め、彼が時を戻す魔法、リバースタイムを唱えると屋敷は緑色の光のドームに包まれ、その姿をエルザークが以前住んでいた時の状態へと戻していった。
「やはりこういう事にも使えるか。……センチェルス!降りてこい!」
「は、はい……っ!」
エルザークに呼ばれ慌てて降りていこうと下降していくが、途中で力尽きたようにその身が落ちていく。
怪訝そうに見ていたエルザークは何かを思い出したように落ちてくるセンチェルスの身を受け止めそのまま彼の唇に自分の唇を重ね、有り余る時を注いでいく。
何が起こっているのかわからないセンチェルスはただただされるがままになっていた。
術で消費した分の時を分け与え終わるとそっと唇を離し、そのまま自室へと連れ帰る。
「あ、あの……エルザーク、様……?」
「あー……すまなかったな。いきなり。しかしそうしなければ汝は止まってしまうのでな。やむを得ずだ、許せ」
「は、はぁ……」
「少し汝の事について話しておいた方が良さそうだな。話しが長くなる故、寝てから話そう。眠くてかなわん」
ふあーっと欠伸をするとエルザークは有無を言わせることもなくセンチェルスをそのベッドへ寝かせ、その隣に入るとそのまま数秒と経たずに寝てしまう。
さすがに自分を助けてくれた恩人を自分のせいで起こすことも出来ずにただ、その寝顔をじっと見つめていた。
本当に綺麗な人だなとまじまじと見つめてしまう。
整った顔立ちでまるで綺麗な女性のようだと。
吸い込まれるようにその頬に触れ、そっと撫でてみると滑らかで、こんな人にキスをされたのかと考えると頬が熱くなるのを感じた。
「ん……なんだ……? センチェルス……」
「あ、も、申し訳ございません……っ」
起こすつもりはなかったがエルザークは小さく身動ぎセンチェルスに眠たそうに声をかける。
どう言い訳したらいいかと考えているうちに眠れないのか?と抱き締められてしまい身動きがとれなくなってしまう。
「これなら寒くない、だろう……? センチェルス」
だから早く眠れとうつらうつらとしながらエルザークはセンチェルスの小さな頭を撫でる。
大丈夫、大丈夫と繰り返しながらセンチェルスを安心させるように。
父親に強姦されて男性が苦手になっていたはずなのに何故か安心し始めている自分がいてどうしていいかわからずにいると、何も考えるなと頭を撫で続けてくれるエルザーク。
次第に安心しきったのかセンチェルスはエルザークの腕の中で静かな寝息を立てていた。
それを察したようにエルザーク自身も再び眠りに落ちていった。
次の日の朝、目を覚ますと隣で寝ていたエルザークの姿はなく、辺りを暫くきょろきょろと見渡し、自分の服が着替えさせられていることに気づく。
こんなにぐっすりと眠ったのはいつ以来だろう。
いつもはここから父親に朝から強姦されて、母親に殴られて一日を過ごすのにそれが無いだけでこんなにも心が穏やかなのかと目を閉じる。
そういえばエルザーク様はどこへ?とセンチェルスはベッドを降り部屋を抜け、
だだっ広い屋敷内をふらふらと部屋を手当たり次第見回りながらエルザークを探す。
どのくらい歩いただろうか。
いい匂いがするなとその匂いの方へ足を向けるとそこには白いエプロンをつけたエルザークがいて。
何をしているんだろうと見ていると視線に気づいたエルザークが振り返りおはようと笑いかけてくれる。
それに反射的におはようございますと返しながら何をしているんですか?と彼のもとに向かう。
「見てわからんか?朝飯だ。二人分というのは初めて作ったから量の加減がよくわからなくてな」
「二人分……?」
「ああ。我と汝の分だ。他に誰がいると?」
「私の……?私もその、朝ご飯を食べてもいいんですか……?」
「当たり前だろう。お腹が空いては何も出来ん。まずは腹ごしらえをして汝の事、そしてこれからの事を話そう。さぁ、わかったら手伝え、センチェルス」
「は、はい」
エルザークに促され、手伝いに入ろうとするも何をしていいかわからず戸惑っているとあれやこれやと何をしてほしいのかを的確に指示され、それを追っていく。
何もかもが初めての事だらけで必死にエルザークの指示通りに動いて。
そうして出来た朝ご飯を二人でエルザークの部屋に持っていく。
対面で座り、作った朝ご飯を食べるエルザークと自分の前においた料理を見ながらそっと食べ始める。
温かい食事というものが初めてでこんなにも料理というものは美味しいものなのかと泣き出してしまい、どうしたどうしたとエルザークを驚かせてしまう。
「こんなにもっ、美味しいもの、なんですね……っ、こんなに……っ」
「なんだ、センチェルス。朝ご飯食べたことがなかったのか?」
「いえっ、貰うものは全て、まるで破棄された残飯のようなものばかりで……。こんなに温かい料理は生まれて初めてなんです……っ」
「そうか……。それほどまでに汝に対しての暴力が酷かったのか……。辛かったな。センチェルス。これから沢山美味しい物を食べたり飲んだりしよう。大抵のものは作れるから好きなものを言うといい。と言ってもまだ何が好きなのかわからんか」
「エルザーク様……」
「とにかく今は目の前の料理を食べてしまえ。せっかくの温かい食事が冷めてしまうぞ?」
「……っ、はい」
泣きながらセンチェルスは自分に与えられた料理を口に運んでいく。
そんな様子を見ながら喜んでくれたならよかったとエルザークも残りを食べ始める。
朝食を摂り終わるとエルザークは紅茶を淹れ、センチェルスに時空術について説明を始めた。
時空術は自分の時を魔力へ変換し、行使する術で、使いすぎると止まってしまう。
それを阻止するには他人からその時を受け取り自身の時と結びつける必要があると。
ただそれも相性が悪ければ与えられた時と自分の時が互いに壊しに掛かり、その身も魂すらも破壊してしまう恐れがあるとのこと。
時の管理人でもある時空術師は他者の時が害された場合その反動をその身に受ける存在であり、その存在は繊細なものであると図面を用いて説明をする。
「まぁ、自身の時をどうこう出来る輩など魔王レベルの術者でない限り無理だからこれは予備知識として知っておけといったところか」
「なるほど。つまりあればエルザーク様が私にご自身の時を与えてくださったと、そういうことなんですね?」
「ああ。あれが時喰いというやつだ。与え方は様々だが、あれが一番手っ取り早かったのでな。不快にさせていたらすまない」
「あ、いえそんな、不快だなんて……。寧ろこんな私にあんなことさせてしまって申し訳ないです……」
「別に汝とキスをすることは何ら不快とは思わんよ。そこそこに我好みではあるしな」
真顔でそう言うと紅茶を一口飲み一息つく。
言われた事に疑問符しか浮かべていないセンチェルスは慌てて冷める前にと紅茶を飲む。
初めての体験するふわっと広がる香りに感嘆の声を上げこれはなんですか?と問いかけるとローズティーだと返答が返ってくる。
エルザークはローズティーをまじまじと見ているセンチェルスを見ながら角砂糖を一つ投入しくるくるとスプーンで溶かす。
その音に気づいたセンチェルスは何をされているんですか?と興味津々に聞いてくるものだからエルザークはふふっと笑ってしまう。
「な、何か、おかしなことでも言いましたか!? 私……っ」
「い、いや、汝は本当に何にでも興味を示すなーと思ってな。最初会ったときはまるで意思のない人形のようだったが抑制されていただけだったんだな」
「す、すみません……」
「よいよい。これはな、角砂糖と言ってなとても甘い食べ物で温かい飲み物には溶けやすいものでな。これをローズティーに入れて溶かして飲むとまた違った味になるんだ。試してみるか?」
「は、はいっ!」
そうかそうかとエルザークは角砂糖を一つ摘むとセンチェルスの紅茶に入れ、溶かしてから戻し、飲んでみろと勧める。
センチェルスは渡されたカップを手に取り恐る恐るその紅茶を口へと運ぶ。
瞬間、さっきと同じようにローズの香りと角砂糖の甘さが広がりさっきとは別の飲み物のようになりセンチェルスは目を丸くした。
「まだ子供の汝にはそっちの方が読みやすいか?」
「はい、こっちの方が甘くて美味しいです……!」
「そうか。ならよかった。そうだ、茶菓子を用意していなかったな」
「茶菓子……?」
「ああ。簡単に摘める菓子だ。朝飯後だが、まぁよいか」
近くの棚を漁りクッキーやらチョコレートやらを取り出し、それを小ぶりの器に盛り付け、真ん中にそれを置く。
これは……と興味深けに見つめるセンチェルスにまぁ食べてみろと勧める。
どれにしようかと悩んだ後、手に取ったのはチョコレートで。
包みをそっと開き口に含むとまた新しい甘みが広がりセンチェルスを驚かせた。
「これ……!とても甘くて、美味しいです……!」
「そうか気に入ったか。それはよかった。あまり食べすぎるなよ。太ってしまうからな」
「はい!」
「さて、汝のことは話したことだし、我のこと、これからの事を話そうか」
「はいっ」
そうしてお茶会をしながらエルザークは子供でもわかるように話を進めた。
その中でセンチェルスはどの役回りになるのか、そしてフェンナンドという男をどう倒すつもりなのか。
余りにも壮大なことで小さな頭をフル回転しても理解することはそう容易くはなく。
とりあえずの目標はこの世界の暗黒化だと告げるエルザークに出来る限りのお手伝いをしますと頷いてみせた。
なら善は急げだとエルザークはセンチェルスに新しい服を与え、その手を引いて街へと繰り出した。
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