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暫くして目を覚ましたウィードは疲れたように眠るセンチェルスとリーヴァを横目にふらふらとベッドから降りると窓辺に立ち、空に浮かぶ赤い月を見上げる。
その目に光は無く、ただぼーっと月を見ながら音もなく流れる涙に気づくこともなく両手で胸元に三角形を作るとごめんなさいと呟きその中央に自分の魔力を練り上げ始める。
三角形の中央に出現した黒い光は少しずつその形を作り出していて。
それはまるで彼の魔力だけでなく生気すら奪っているかのようで、次第に青白くなるウィードの肌と共鳴するように黒い光は強くなっていった。
全てが消えかける刹那、強い光にやっと気づき目を覚ました二人が見た光景は赤い月を背に胸元に浮かんだ黒水晶を両手で持った彼の姿で。
それは……とセンチェルスが問いかけるよりも早く力尽きたように崩れ落ちるように倒れるウィードに二人は何が起こったのか理解できなくて。
その時間はたった一瞬だったけれども二人には途方もなく長い時間で、ウィードの名を叫び、駆け寄り、抱き上げた時には既に息は無く、ただ彼の上に黒々と輝く黒水晶だけが残されていた。
「黒水晶……あの時と、同じ……そんな、まさか……」
「センチェルス様、どうなさるんですか……? あれがあればセンチェルス様の大切な方を目覚めさせることが出来るんですよね…?」
「しかし、おそらくあれはウィードの命を犠牲にできたものでしょう……? アーヴェストの言うことが正しいとするなら、黒水晶は闇の結晶体……あれは、ウィードの命そのもの……。この子が起きないのがその証拠でしょう……」
動かないウィードと輝く黒水晶を交互に見ながら二人はそう言葉を交わす。
だけどどうするかなんて答え、出るわけがなくて。
そこへ音もなく窓辺に現れたのは闇王ロードで。
彼は部屋に入るなり黒水晶を手に取り興味なさそうに見てから二人にどうする?と問いかける。
「これをこの子に戻せば蘇る。だけど一度戻せばもう二度と手に入らない。この意味がセンチェルス、君にはわかるね?」
「ウィードを助ければ、エルザーク様は……もう目覚めることはない……」
「そう。でもこれがなければエルザークは復活しない。この子かエルザークか、君は今この場で選ばなきゃならない。さぁどうする?」
「それは……」
「どちらも助ける方法はないの? 君の力でどうにかするとか。センチェルス様に選べるわけないでしょ?」
「口のきき方には気をつけな? リーヴァ・キール」
「……っ、それで、何か方法はない、んですか?」
睨みつけられリーヴァは面倒くさいなと思いながらもそう問いかける。
無いこともないよ?と言ってのけるロードはその場でウィードが作ったものと同じ黒水晶を自らの魔力を練り作り出し、ほらね?と2つの水晶を並べてみせる。
「黒水晶は云わば闇の結晶体、それは君も知ってるね? つまり闇王であるこの僕ならこんなにも簡単に作り出せるわけ。まぁこれだとちょっと足りないから君の持っている欠片と組み合わせれば彼を目覚めさせるくらいにはなるんじゃない?」
「しかし、それをただで頂けるわけでは、ないですよね? 闇王ロード」
「察しがいいね、センチェルス。僕からのちょっとしたお願いを叶えてくれるならこれを渡してもいいよ。どうする?」
「願い……?」
そ、と自分が作り出した水晶を消すとセンチェルスから無理矢理に動かないウィードを奪い取り、ふわふわと浮かび上がらせると彼自身が作り上げた黒水晶をその胸元へと持ってきて、そのままロードは告げる。
“自分の恋人を見つけてほしい”と。
その願いにそれだけでいいんですか?と驚愕の表情を浮かべるセンチェルスに出来るものならねとにやりと笑う。
「僕はね、元翼者なんだ。フェルナンドから闇の力を与えられ魔王として覚醒した元翼者。そしてそんな僕の恋人はその翼者を統べる王、翼王ヘルミスだ」
「翼者……? まさか、あの赤月の惨劇で全滅したという……?」
「そ。人間たちのエゴによって無惨に殺された翼者さ。君がいた時代から百年前くらいに存在した天使の御使いだよ」
「そんな……。それじゃあもう……」
「そう。ヘルミスは死んだよ。僕の腕の中で。だから世界を闇に染めた。ヘルミスが望んだから。自分たちを拒絶する世界を壊してって。ま、全部壊す前に封じられちゃったけどね、僕」
「……つまり、翼王ヘルミスの転生体を探せと、そう言いたいんですね?」
「そういうこと。で、どうする? この子が作り出したこれでエルザークを目覚めさせるか、それともこれはこの子に返して僕のお願いを叶えて黒水晶を手に入れるか」
どっちにする?と問いかけるロードにセンチェルスは考える間もなく後者を選んだ。
どちらも救えるのならそれが一番だと、そう伝えて。
ロードは交渉成立だねと手に持った黒水晶をウィードに取り込ませていく。
それが彼の中へ消えていくと止まっていた時が動き始めたかのようにその瞼を少しずつ開くと、ゆっくりその場に降り立つ。
自分が生きていることが不思議なのかウィードは両手を開いたり閉じたりしてなんで……と言葉を漏らした。
「君を助けられる選択をしてくれたあの人たちに感謝しなよ」
「なんで助けたの……。俺なんか……いなくなっちゃえばよかったのに……」
「それは彼らに聞いたら? 僕との契約に応じたのは彼らだし」
「契約……?」
「そ。契約。僕が作り出した黒水晶を渡す代わりに僕の恋人の転生体を探すって約束だよ」
「恋人……?」
首を傾げるウィードに彼は君がセンチェルスに抱いている感情と一緒だよと二人に聞こえない声のトーンで耳打ちする。
驚いたように目を丸くしロードを見る彼にバレバレだよと呆れたように告げ、動き出したウィードに駆け寄らんばかりの二人のもとに彼を連れて行くと約束は守ってよねと釘を刺しその場から姿を消した。
「センチェルス……リーヴァ……」
「ウィード!! 貴方って子は、アーメイの言ってたこと気にしてこんな無茶な事して……っ、どれだけ心配したと思っているんですか……っ!」
「ごめん、ね……。でも……俺……役に立ちたくて……」
「あんなことしてセンチェルス様が喜ぶと思うの? ウィードくん。言ったよね? センチェルス様の傍にいてあげてって。約束破るの?」
「ちがう……っ、違うの……っ! 俺はただ……っ、自分がしてしまったことに対しての償いがしたくて……っ」
センチェルスに初めて怒られたウィードは驚きながらもごめんなさいと彼は胸の前でぎゅっと手を握り頭を下げ、目を合わせづらそうにそらして。
そんなウィードを抱きしめ、それならずっと傍にいてくださいとセンチェルスは声を押し殺して泣きながら訴える。
「ウィードくん、今度同じようなことしたら許さないからね」
「ごめんね……、センチェルス、リーヴァ……」
「わかってくれればいいんです。もう二度とこんなことしないと約束してください、ウィード」
「ん。約束する」
約束、とウィードはセンチェルスの小指に自分の指を絡め指切りするとごめんねと小さく頭を下げた。
わかればいいと彼の頭を撫でもう一眠りしましょうと告げるとウィードを挟み、三人でベッドに入ると、再び眠りについた。
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