12人が本棚に入れています
本棚に追加
「凄い……沢山の人で溢れ返っていますね……。うっかり手を離してしまったら迷子になりそうです……」
「そうだな。そうなっては困るからこうするか……」
「……!?」
ひょいっと片腕に抱きかかえられたセンチェルスは慌ててエルザークに落ちないようにしがみつく。
軽いなと笑いながらエルザークはそのままお店を渡り歩く。
見るもの全てが初めてであれは?あれは?と指を差しながら問いかけるセンチェルスに一つ一つ丁寧に答えていく。
「あの真っ赤なものはなんですか?みんな美味しそうに食べてます…!」
「あれは林檎だ。食べたいのか?」
「はい!食べてみたいです!」
「わかったわかった。暴れるな。主人、それを一つ頂けるか?」
「お、兄さん大変だね、弟さんのお守りとは。ほらよ。甘酸っぱくて美味いぞ?うちのリンゴは」
渡された林檎を両手で受け取りそのまま齧り付く。
口に広がった初めての味に驚き美味しいですと笑いかけるセンチェルスにそうかそうかとエルザークは彼の手の林檎を取り自分も齧り付く。
美味いなと笑いかけるエルザークは見ていろと徐にその背に隠していた翼を広げる。
瞬間、周囲の人々はその姿を見るや否や恐怖したように叫び逃げ惑う。
「えっ……?」
「ば、化物……!!」
「エルザーク様……? この人化物って……私たちの事ですか……?」
「ああ。よく見ておけ。これが人間の本性というものだ。自分とは違う人種を化物と呼び、蔑み、恐れる。それは時に……我らを傷つける」
キーンッと金属音がしたかと思うとエルザークの足元に包丁が転がり落ち、見ると黒い刃の剣を何かを薙ぎ払うように抜いていて。
その視線の先には包丁を投げたであろう人間がわなわなと体を震わせ立っていた。
何が起こっているのかわからないままセンチェルスはエルザークにしがみついていると次々と自分たちを傷つけるような物が飛んでくる。
それを全て剣で阻止しながら投げた人を始末していき、怖い怖いとしがみつくセンチェルスにここの街の時を止めろと命令すると、片腕に抱いていた彼を宙へ放り投げる。
訳もわからないままセンチェルスは片翼を広げ杖を出現させるとタイムストップ!と時を止める術を全体にかける。
上出来だと笑うエルザークはそのまま剣を天に掲げ街を丸ごと黒いバリアのようなもので包み込んでいく。
そのバリアが閉じる間際、エルザークは街を困惑したように見下ろす彼を抱きかかえその外へと飛び出す。
二人が飛び出すとバリアはその口を閉じた。
「センチェルス、術を解け」
「は、はい……!」
言われて術を解除すると止まっていた時が動き出し、バリアの中から何かが引き千切れる音や悲鳴が聞こえて耳の塞ぎたくなるような音にセンチェルスはエルザークにしがみつき身を震わせる。
怖いかとしがみつくセンチェルスの背を撫でながら大丈夫、大丈夫と声をかけ続ける。
その音が消えるとエルザークは次の拠点へとセンチェルスを連れて飛び立つ。
同じようなことを繰り返しながらセンチェルスに音が聞こえないように耳を塞ぐ。
「エルザーク様……」
「そろそろ限界か。屋敷へ戻るぞ、センチェルス」
「はい……。すみません……」
次第に自分の腕の中のセンチェルスの呼吸が荒くなってきたのを感じエルザークは屋敷へと帰る。
屋敷につくとすぐに自分の時を与え、ベッドに寝かせると少しでも呼吸が楽になるようにと胸元のボタンを外していく。
すると露わになった左の胸元にあったのは茨が巻きついた黒い逆十字の紋章で。
それを見たエルザークは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
荒い呼吸のままセンチェルスがどうしたんですか?と問いかけるも後で説明すると強制的に寝かしつけられてしまった。
「時を与える行為が契約の儀式と酷似していたのか……」
どう説明したらわかってくれるだろうか。
子供の割に物分りのいい奴だが、いきなり汝は姫となったなんて言ってもわからないだろう。
困ったと眠るセンチェルスの頭を撫でながらエルザークは悩んだ。
どれだけの時が経っただろう、やっと目を覚ましたセンチェルスの髪をくるくると弄りながらエルザークはどう伝えるか悩んでいた。
「あの……エルザーク様…何かお話ししたいことでもあるのですか…?」
「んー……あるにはあるが、どう伝えたら汝は理解をしてくれるか……んー……」
「とにかく、話してみてはどうですか? わからないことがあれば私から聞きますし……」
「ふむ……、確かにな。まぁ簡単に言ってしまえば汝は我のものになるのは不服か?と言ったところだな」
「質問の意図がよくわかりませんが、救ってもらった命ですし、それに仰ったじゃありませんか。その命を捨てるのなら我に捧げろと。それが私の答えですよ」
「つまり、不服ではないということだな? ならよいか……」
「大丈夫ですよ、私は貴方から離れたりしません。だから、そんな苦しそうな顔をしないで……」
ため息混じりに視線を逸らすエルザークの頬に手を添えセンチェルスは自らその唇をエルザークに触れるように重ねる。
突然のことに驚くエルザークは反射的に彼を突っぱねてしまう。
しまった……と思ったときには遅く、嫌でしたか?と悲しそうに笑うセンチェルスがいて。
違う違う!とその身を抱き締め、違うんだと言い聞かせるように呟く。
きょとんとするセンチェルスにエルザークはこれ以上汝を傷つけたくない、と告げるとぎゅっと彼を抱き竦めてしまう。
「エルザーク様っ、苦しい、です……っ」
「違う、違うんだ……っ。我は……我はっ……なんで、こんな……っ」
「エルザーク様……?」
「なぜこんなに苦しい……っ、汝が、傷つくと思うと苦しくて……。どうしようもなくなる……。なぜだ……っ」
「大丈夫ですよ、エルザーク様。私はこうして元気ですから……ね?」
大丈夫、大丈夫と震えるエルザークの背を撫でながら宥めようとするが震えは止まらなくて。
苦しい、辛い、と囁かれる言葉はまるで大切なものを失いたくないと言わんばかりのもので。
まさかこの人は自分を愛してしまっているのか?と錯覚してしまうほど彼から発せられる切ない言葉は連なり続けた。
「エルザーク様……貴方はもしかして私を……」
「ああ、これが愛というものなんだな………っ、胸が張り裂けそうに痛い……。我はそう、汝を愛している。センチェルス」
出会ってそう時間が経っていないのにも関わらずエルザークは彼を抱き締めながらそう告げる。
何がきっかけでそんな感情を沸かせてしまったのか戸惑うセンチェルスはなんとか彼の身を引き剥がそうとするも力負けしそれも叶わずただただ抱きしめられたままその想いを聞いていた。
その想いを聞き、エルザーク様が自分を愛してくれるならそれに応えなきゃいけないのではないだろうか、とセンチェルスは決意を固める。
「貴方が愛してくれるなら、私はその想いに応えましょう」と。
自分を地獄から救ってくれた恩人がそう望むのなら応えたい、それがセンチェルスの想いだった。
その言葉にエルザークはいつか本心から自分を愛してくれたら嬉しいと微笑んだ。
それまでは仮初でもいい、汝と恋人のような関係になりたいと。
センチェルスはその言葉に深く頷いた。
「それで、あの……その、これとエルザーク様が先程仰った事とはどういった……」
「ああ。それな。まぁ簡単に言ってしまえば婚約者の契約と言った方がわかりやすいか?汝の左胸に刻まれた刻印はそれの証だ。とは言っても我が主で汝が従者なのは変わらん」
「婚約者ですか……。それでこの契約をしたということは私は貴方の力になることが出来る、ということで解釈はあってますか?」
「ああ。我ら魔王は姫と呼ばれる者の存在があってこそその力を最大限発揮出来る。互いを想い合っていれば尚更だ。姫の祈りが我ら魔王の力となる」
「私の祈り……」
「ここまで来てしまった以上汝には付き合ってもらう、我が野望を果たす、その日までな」
「はい。この命はすでに貴方のものです。どうぞ、お好きにお使いください、エルザーク様」
そう告げ微笑むセンチェルスに応えるようにエルザークはキスを落とす。
一日しか経っていないのに不思議な人だなと思いながらセンチェルスはそれに応える。
唇が離れるとエルザークは飯でも作るかとキッチンへセンチェルスを連れて向かった。
最初のコメントを投稿しよう!