EP2:飛ばされた先で

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それからどのくらい日数が経っただろうか。 この時間に飛ばされてからセンチェルスは何も口にすることはなかった。 死ぬかと思われていたものの彼の体はすでに不老不死になっており、ただ乾きと空腹に襲われるだけで。 それから解放されるには出されたものを食べればいいのだが彼の矜持がそれを許さなかった。 ぐったりと床に倒れ、虚ろな目をしたままただ呼吸を繰り返すだけの状態まで落ち込んでいた。 「センチェルス……」 「強情だなこいつ……。どうしたものか……。買ってきた物すら食べねぇとは……」 「親父……。このままじゃ、こいつ死んじゃうって……」 「なんでもいい、食ってくれりゃいいんだけど……」 そんな二人の会話を聞いても反論する体力さえ残っておらずただただセンチェルスはその場で息をするだけで。 困ったとセフィは書棚からセンチェルスたちのことが書かれたその本を手に取りぺらぺらと捲り始めた。 なにか手がかりはないかとその思いで。 カケルも部屋の引き出しにしまいこんでいたお菓子を片っ端から引きずり出し始める。 ぽいぽいと出していく中、センチェルスの目の前に転がったのは個包装された一口サイズのチョコレートで。 それに少しばかりの反応を示したのを見逃さなかったセフィは動かないセンチェルスの体を抱き起こし床に転がっていたチョコレートを掴む。 「親父……?」 「これなら……。……カケル! チョコレートだ! まだあるか!?」 「た、たぶん! 探してみる……!」 がさごそと引き出しを漁るカケルを横目にセフィは個包装を解き、それをセンチェルスの口元へと運ぶ。 「センチェルス、これなら食べられるか……? 食べられそうなら少しでいい、口を開けてくれ」 「……」 その言葉に反応するように少しだけ開かれた口へセフィは少しチョコレートを口に含んでそのまま口渡しでセンチェルスにそれを少しずつ食べさせていく。 その間もカケルはチョコレート菓子をセフィの元に運び、そればかりだと喉が焼けると思ったのかコップに水を汲みに行ったりしていた。 それらを少しずつ、少しずつセンチェルスへ口渡しで渡していく。 これくらいでいいだろうと食べさせ終わった頃には開きっぱなしだった瞼は閉じていてすやすやと静かに寝息を立て眠るまでに回復していた。 「これで大丈夫なのか……? 親父……」 「とりあえずは、だ。……ベッド、借りるぞ、カケル」 「ん。いいよ。センチェルスが目覚めるまで寝かしといて」 セフィは眠るセンチェルスを抱き上げ、カケルのベッドに運ぶとゆっくり休めと布団を掛け、カケルを連れて部屋を出た。 「親父……。また目覚めたら暴れるのかな……。こいつ……」 「さぁな」 「あいつの目、寂しそうだった……。独りぼっちになっちゃってつらいって……。オレも友達がいなくなって独りになって寂しかったから気持ちわかるんだ」 「……そうだな」 「よし! 決めた! オレ、あいつと一緒に寝るよ! なんか一人にしておけない気がするし!」 「そうか。俺から提案しといていうのもなんだが……気をつけろよ。カケル」 「ああ。きっと大丈夫だと思うから! じゃ、おやすみ! 親父!」 「ああ」 一緒に寝ると部屋に駆け込んでいったカケルを見送りセフィは一人、これからの生活をどうしていくべきか考え始めた。 数日後、やっと目を覚ましたセンチェルスが最初に見たものは隣でぐっすり眠るカケルの姿で。 驚いて飛び退こうとするが裾を掴まれていて出来ず。 窓から外を見ると夜の帳が下りていて辺りはしんと静まり返っていた。 一体自分の身に何が起こったのか整理しようとしているとセフィが静かに部屋へ入ってくる。 「起きたか? センチェルス」 「……人間如きに助けられるなんて……。私はなんて出来損ないなんでしょう……。あのままほっといてくれればいいものを……」 「人間も侮れねぇってことだ。……体の調子はどうだ?」 「……おかげさまで」 「ならよかった。……チョコレート、好きなんだな。お前」 「……ええ」 「それと、人間人間言うが俺の代はまだ先祖の血が流れてる。少しばかりなら治癒術だって使えるからな」 そうですか、とセフィに目を合わせることもなくため息をつき、空を見上げる。 こんなに空は低かっただろうか、などと考えながら。 それから一息ついてセフィの方に顔を向けると私は何をしたらいいんですかと問いかけた。 セフィはただ一言、そいつと友達になってやってほしいとだけ告げる。 その言葉に首を傾げるセンチェルスにセフィは一緒にいればわかるとだけ告げて部屋を出ていく。 「人間と私が友人に……? バカな……。なれるわけがない…」 「ん……、セン……チェルス……? 起きた……のか……? 体、大丈夫か……?」 「……人間如きが不死者である私の心配などおこがましいですよ」 「ふししゃ……? よく……わかんないけど、よかった……」 眠い目を擦りながらそう嬉しそうに微笑むカケルに目も合わせず、私は大丈夫ですからと告げ、寝かしつけるように彼の頭をぽんぽんと撫でる。 自分の頭を撫でてくれているその手に安心したのかカケルは再び眠りに落ちていく。 その様子を見守ってからセンチェルスも再び眠りについた。 次の日、目覚めるとカケルはまだ自分の隣でぐっすり眠っていて。 安心しきった様子で眠るカケルを起こすのは野暮かと思いながらじっと彼が起きるのを待った。 しばらくしてセフィが慌てたようにやってきて寝ているカケルを叩き起こそうとするが寝起きの悪いカケルはセンチェルスの袖を掴んだまま起きる気配すら見せない。 困ったとため息をつくセフィにこの子を起こせばいいんですか?と尋ね、うなずいたのを見ると一息つき、眠るカケルにキスをする。 突然のことに驚くセフィをほっておき、カケルの様子を見守る。 しばらくしてカケルが目を覚まし、寝ぼけたようにセンチェルスをみる。 「おはようございます」 「センチェルス……オレ……」 「起こし方、間違えてます? 私いつもエルザーク様にこうして起こされてましたので……」 「う、ううん……! 大丈夫……! オレ、こうやって起こされたい……!」 「そうですか。では、さっさと起きてセフィの言うことでも聞いてなさい。私はもう一眠りします」 「親父ばっかずるい……。オレも……オレの名前も呼んで? センチェルス?」 「はぁ? どうでもいいですけどさっさと離れなさい、カケル」 「やった……! 親父ー! 飯ー!」 嬉しそうに笑うカケルはベッドから飛び起きるとさっさとリビングへと向かっていき、それを追いかけてセフィも部屋を出ていく。 それを見送るとセンチェルスは再びベッドに潜り、もう一眠りする。 人間に囲まれながら生活しなきゃならない現実から逃げるように。 早くこの現実が終わりますようにと祈りながら。 しばらくしてセフィに叩き起こされたセンチェルスは半ば強制的にリビングの椅子に座らされ、目の前に彼が作ったであろう料理が並べられる。 これは?と不機嫌そうに問われセフィはお前の分の飯だと告げる。 それでも一向に口をつけようとはしないセンチェルスにお前が食べるまで見てるからなと目の前にセフィは座り込んだ。 「強情ですね……」 「お前もだろ、センチェルス」 「どんなに待たれても食べませんよ」 「いいから食べろって。餓死でもしたらどうしようもないんだ。お前の主エルザーク・フェミルにも会えなくなるぞ」 「言ったでしょう? 私は不死者。そしてもうこの歳から老いることもない完璧な存在。餓死なんてあり得ないんですよ」 「いいからつべこべ言わず食え」 「いやです」 「食え」 「い・や・で・す」 そんなやり取りを何回か続けているとお腹を空かせたのかセフィは並べられた料理をつまみ出す。 センチェルスはただそれを見ているだけで食べようとはしない。 けれどお腹が空くのは事実で、仕方ないと立ち上がり冷蔵庫の中身を見て自分でご飯を作り出す。 適当に野菜を切ったり、ご飯を炒めたりして作ったのは炒飯で。 これくらいですかね、とそこらへんにあった器に盛り付けて食べ始める。 人間が作ったやつよりは何倍もマシだと言いながら。 強情だな……とセフィは自分が作った料理を残すのもあれか、と食べ始め、お互い満腹になったところでこれからのことを話しはじめる。 センチェルスの言い分はただ一つ。 セフィの手元にある黒水晶を渡し、自分を解放してほしいとのこと。 しかしセフィ自体はここに留まり、カケルと一緒にいてほしいと主張する。 なぜ?と問いかけると黙ってしまい、センチェルスはその言動でなんとなく察してしまいため息をつく。 「なんとなく今朝の感じを見る感じからして、誰か一人に依存してしまう質でしょう?」 「……さすがだな。あいつはそんな感じで友人らしい友人は一人もいない。だから」 「だから私にそんな厄介な子の友人になってほしいと? なんて面倒なことを私に押し付けるんでしょうか」 「わかってる。だけど、あいつの友達になれそうなやつなんてお前くらいしか……」 「はぁ……。あのですね、私は人間じゃないんですよ? そんな私を安々と信じていいんですか?」 「ああ。お前はこれが俺の手元にある間は信じてもいいと思っている」 「なるほど。それは確かに、そうですね。まぁ、いいでしょう。その水晶をいただくまでの間、カケルのお友達として傍にいましょう」 仕方ないと肩を竦ませ頷いてみせると席を立つ。 どこに行くんだと問われ少し辺りを見物しに行きます、と家を出た。
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