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「……あたしは、母ちゃん死んだとき、まだ幼稚園行く前やったもん。何もわからんよ。葬式のとき黒か服の着た人のいっぱいおるし、怖くて母ちゃん母ちゃんって泣いとったのだけ覚えとぉと」
七海が笑った。
「明日の追い山馴らし、友則と一緒に見に行くけんね」
鼻歌交じりにまだ祝いめでたを歌っていた大輔が、 「あ、しょうがねぇっ」と節に続けて「しょうがねぇ、しょうがねぇ」と酔いに潰れた声で怒鳴り散らした。目が据わっている。商店街に大輔の声がしんと溶けていった。
「あん酔っぱらいが……」
大輔を黙らせようと駆け出した足元に、からん、とゴミバケツの蓋が転がった。今まで誰も居ないと思っていた掃きだまりの隅に汚いおっさんがいて、ぼくらをじっと見ていた。
「お前らどこさえいく」
「なんな、おいさん」
喧嘩腰の大輔の腕をつかむ。
「ほっとけ、ほっとけ」
そのまま、おっさんの前を早足に通り過ぎた。
「風呂の入ったら、首の後ろをよーと温めぇ。風邪のひかん、丈夫になるけん。若ぇうちにうんとこ汗かきぃ、酒のんでえーくらえ。今は長ぇ長ぇ人生のほんの一瞬ね。わしごたぁれっぱな大人にならやい」
振り返ると、暗闇に饐えたおっさんが茫然と立ち尽くしていた。
「おいさんみたいになるとは、まっぴらや!」
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