Fin.那由多の夜

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Fin.那由多の夜

葬儀は金沢の実家で行われた。 俺は最も遠い列の端の座布団に、正座を組んでじっとしていた。最前列では多くの喪服の肩が震えている。俺はそれを後ろから眺めていた。 「まだ若いのに……」 どこかのご婦人が言ったのが聞こえた。 ここにいると俺は与那原 由多について、何も知らない現実を思い知ることができた。 別にあの気の遠くなるような日々を通じて、由多の全部を知ったとは思っていない。ただこの景色から察するに、惜しまれて地元を出てきた、しっかりした青年だったのだなと客観的に思った。 当時16歳にも満たない彼を、天才だの神童だのと囃し立て、東京へと連れ出した大人の業の深さを感じる。 俺の頭の上ではしめやかで伸び切った空気が流れていて、そこにはふわふわと読経が漂っていた。 この場の中で、俺は完全に部外者だった。だからこそ冷静に状況を眺めることができる。 啜り泣く声が聞こえる。試しにすん、と鼻を啜ってみた。線香の香りが鼻についただけだった。この場の線香の香りなんて当たり前なのに、やけに苦しい気がした。 不意に、勝手な居心地の悪さを感じた。 なぜ自分がここにいるのかとか、この景色が何なのかを、理解できなくなってきた。 祭壇にある遺影をなんとなく見る。黒い額縁の中に由多はいた。
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