Fin.那由多の夜

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「これ一本吸ったら、帰るかな……」 庭の花々は丁寧に手入れをされている。それを見ながら情けない気持ちで煙草を口に咥えた。俺には綺麗すぎる空に、煙を吐いた時だった。 仕事着のスラックスを引っ張るような感覚。振り返る。 そこには、由多の小さな妹がいた。 驚いて声も出なかった。慌てて煙草を消す。 「ど、どうした?」 見下ろした彼女の手には、折られたルーズリーフが握られていた。 一瞬ドキリとする。だがそれは、由多の日記じゃない。由多はもうこの世にいない。 「俺にくれるのか」 唇を真一文字に結んだまま、彼女はこくりと頷いた。 かわいらしい手のひらから白い切れ端を受け取る。彼女は兄の死に思い切り泣き続けていたのか、目も鼻も耳も真っ赤だった。 それは由多が死の間際まで会いたいと、守りたいと願っていた小さな存在。それがもう叶わないことが、どうしようもなく悲しく思えた。 「これね、お兄ちゃんが送ってくれた手紙なの」 「手紙?」 「うん。さいごの手紙」 小さな唇が震えた。そうして彼女はぽろぽろと泣きだした。 慌ててしゃがんで頭を撫でながら、なぜか俺はごめんな、と口走っていた。 時間を告げるように、風が吹く。 「読んでいいよ」 「でも、俺は……」 「読んで。おねがい」 俺は気づいた。この子はまだ、字が読めないのだ。 そんな妹に手紙を託した由多の心境を思うと後ろめたかったが、この状況で後には引けない。 丁寧に紙を開いていく。俺のその仕草を彼女はまっすぐに見つめていた。
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