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1.くりかえされる筆跡のピリオド
春の風が、開け放した窓から入ってきた。ほのかに線香の香りがした。
架線を横切る電車の走行音が聞こえる。日差しが透けて見える、花曇りの空。それら全てを僕は四畳半の切れ間から、逆さまに見上げていた。
眠りから覚めたばかりの瞳は、絶え間なく降る光彩に負けてしまいそうになる。
「おはよう、天才くん」
顔を横に傾けると、意地悪く笑う男がいた。手元を見る。確かに渡されたのは薄っぺらい紙が3枚だけ。
その行為には何となく深い意味がある気がして、僕は一枚目から紙を読んだ。驚くことにそれらは全て、紛れもない僕の字だと直感した。書いた覚えは無い。
読み終えて顔を上げる。男を見つめる。
「それで、何か聞きたいことはあるか?」
僕は尋ねる。
「あなたの名前を教えてください」
男は困ったように爪の先で頬を掻いて、次に視線を僕から逸らせて、紙へと向けた。
「それも次からは聞かないで済むように、書いておいてくれよ」
ひょろりとした痩せ型によく似合う丸眼鏡をかけた男は、名前を葬儀屋と言った。
それは職業名じゃないのかと咎めると、彼は頬を吊り上げて、レンズの奥の目を細める。それ以上深入りするなと言うことらしい。
だから僕は仕方なく、彼のことを葬儀屋と呼ぶことにする。
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