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向かって吹く山の風は、穏やかだった。新しい風は俺の隣を緩やかに駆け抜けて、思いを乗せる暇もなく軽やかに過ぎ去っていく。あの時、由多を運んだ風に似ている。
そう思った瞬間、鮮やかな春色の雨が降ってきた。見上げる。桜が風に答えるように、無数の花弁を散らしていた。たった一通の手紙を抱きしめて、手向けの花束よりもずっとずっと美しいそれを見て、彼女は泣いて笑った。
俺は俺を助けてくれた由多に、何を返せたのだろうか。風に問う。かといって俺は、振り返ることも出来ない。
偉大な遺作だけが確かだった。
天才は、こうしていなくなった。
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