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「すっかり遅くなってしまったな」
車を運転しながら、男はあくびを噛みしめちらりと時計に視線を走らせる。
午後四時。
陽は傾き、空はうっすらと夕陽色に染まり始めていた。
夕刻特有のとろりとした空気と、それに追い打ちをかけるように、高速に乗るまでの道路は渋滞でいっこうに前に進もうとしない。
そのせいで、よけい眠気を誘った。
「そうね。家につくのは深夜になってしまうかもしれないわね。とにかく、安全運転で帰りましょう」
「ごめんな。母さんたち、なかなか帰してくれなくて。身体は大丈夫か?」
お腹のあたりに片手を添える妻に気遣いの言葉をかける。すまなそうな顔で詫びる夫に、妻は口元に手をあてくすりと笑った。
「仕方がないわよ。遠く離れてしまった息子が久しぶりに実家に帰ってきたんですもの。いつまでも引き止めていたい気持ちはわかるわ」
夫は苦り切った表情を浮かべる。
渋滞を回避するため午前中には実家を出る予定だったが、寂しがる両親が何かと理由をつけて返そうとしなかったのだ。
しまいにはもう一泊していきなさいと言い出す始末。
それを何とか振り切ってきたのだが、おかげで夕方には東京につくはずが、いまだ山に囲まれたG県の真っただ中にいる。
おまけに道路は渋滞。
ふとナビに視線を向けた男は、おっ、と声をもらす。
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