プロローグ

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ

プロローグ

 大きな桜の木の下で遊ぶ二人の子どもの姿があった。楽しそうに遊んでいた二人だったけれど――やがて少年は立ち止まった。  動きを止めた少年を、少女は不思議そうに見つめた。 「――どうしたの?」 「……言わなあかんことがあるんや」  躊躇いがちに少年は口を開いた。 「わしな……ひっこすことになったんや」 「え……?」 「だから、もう――」 「いやや! そんなんいやや!!」  少年の言葉に、少女は声を上げて泣き始めた。 「みっちゃん……」 ――そんな少女に少年は、ポケットから取り出した手に余るほどの大きさの何かを渡した。 「これ、もらってくれへんか!」 「なにこれ……?」 「ペーパーナイフじゃ! わし、てがみいっぱいかくからな! それつかってや!」 「ペーパーナイフ……」  そっと受け取ると、少女は片方の手で涙を拭った。 「ぜったい!?」 「ぜったいじゃ!」 「わすれんと、てがみかいてや!」 「あたりまえじゃ!」 「うちもかくし……いっぱいかいてくれなゆるさへんよ!」  気の強い言葉とは裏腹に、拭ったはずの涙が再び少女の頬を濡らしていた。 「いっぱいかくから……なかんといて。わしみっちゃんのことわすれへんから」 「うちやって……かっちゃんのこと、わすれへんよ」  お互いの手を握りしめ見つめ合った二人の耳に……少年の名前を呼ぶ声が聞こえた。 「克之……もう行くぞ」 「……ほなな、みっちゃん……」 「かっちゃん……また、ぜったいあおうね!」 「そのペーパーナイフが……みっちゃんがつかいすぎてさびてしまうまえに! ぜったいあいにくるけえの!!」  そう叫ぶと少年は、「早くしろ!」と怒鳴る父親らしき人に連れられて、お屋敷をあとにした。  残されたのは――大きな桜の樹と……その下で一人佇む少女の姿だった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!