第1章

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 妻子を死に追いやった根本の原因、交通事故がないことは非常に魅力的だったのだ。これは実際に事故で愛する人を失った人物にしか分からない感覚だろう。  しかも、人種こそ違えど地球人が生活しているというのも興味深い。  とはいえ、昨日今日会ったような、それも異星人のいうことをそう信じていいものか。短い時間に、彼の心は揺れ動いた。  振り返って暗い室内を覗く。うっすら見える妻の遺影は、いつも通り笑っていた。 「あんたのいうように、今更ここに残っていても、俺には大した喜びもないのかも知れない。  だが、それでも不安がないといえば嘘になってしまう。俺にはもう家族はいなくなってしまったが、家族の墓がある。  きっと俺が世話しないと、墓石は苔生してしまって、そのうち見てられないことになってしまうだろうな」 「うん。確かにそうだね。しかもこの決断は外国に出向くような気軽なものではない。  テンペリア星は地球とは何十万光年も離れた惑星だし、迎えの円盤の最大速力でも、到着までは数年かかってしまう。  流石に君の家族のお墓を丸ごと持ち去るなんて不敬な真似はできないし、こればかりは君の決断に任せることにするかな」  テンペリア星人が立ち上がり、天体望遠鏡を手に取る。  どこにそんな機能があったのか。望遠鏡は瞬く間に自動で分解され、瞬きする間もなく、今度は全く別の物体に変化した。  それは、ありふれたデザインだったはずの、先ほどまでそこにあった天体望遠鏡とは似ても似つかなく、そしてとてもコンパクトなものに変化した。   「あ! と、鳥になった!」  つい先ほどまで、確かに天体望遠鏡だったはずのあの機材が、テンペリア星人の魔術にかかったのか、鉄の体を持った小鳥になってしまった。  小鳥はそのまま羽ばたき飛び上がると、彼の膝小僧の上に降り立った。 「その鳥は、僕が母星から連れてきた調査員だ。僕には人間に化身する能力がないから、その小さな鳥をこっそりと飛ばしていたんだ。  この星の気候、風土の調査をするために、大切な小鳥だったんだ。ところがどうしたことか、その鳥は人工知能が破損したのか、勝手に別の形態になって紛失してしまった。  まさか望遠鏡に擬態していたとは分からなくて、随分と探していたんだよ。  何にしても、その小さなボディの中にはこの星の最新の情報が満載だった。だから決してそのまま見逃すのは惜しかったんだ」
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