第1章

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 彼もまた馬鹿ではない。この沈黙はテンペリア星人の配慮や危惧から生まれたものだと分かっていた。  そんな優しさが、彼にとってはある意味、理想の父親像にも思えた。  この沈黙を破るには、彼が口を開くしかない。そう思って相応しい言葉を考えていると、唐突にテンペリア星人の小鳥がさえずった。 「おや……いけない。もう時間のようだ。迎えが来るよ、ベランダに出よう」  促されて彼はテンペリア星人と共に再びベランダに戻った。  テンペリア星人の指差した方角、西の夜空を見つめていると、遠くから耳障りのいい不思議な音が聞こえている。  そして徐々に、光る円盤がこちらに向かってくるのが分かった。  ところが、円盤の出現にも付近から驚きの声は上がらない。 「まあ、誰もが円盤を見ることができるわけでもないんだよ。地球を訪れる多くの円盤は、カモフラージュしているし、地球の人々は指摘されないとこれに気が付かないんだ」  実際、彼がベランダから通りを眺めても、通行人は何も見えていないし、聞こえていないようだった。  それよりも、彼は突然の円盤到来に焦っていた。まだ自分がどういう決断をするか、決めあぐねていたからだ。  円盤に乗ってテンペリア星にいけば、そこには交通事故なんかないし、それに小鳥が体内に収録した妻子の映像を思う存分眺めることができる。  人種は違うが、地球人だっていると聞いた。  残っていても天涯孤独。趣味だってないし、今の仕事には大してやり甲斐も感じていない。  そんな彼の心中を読み取ったのだろうか。  テンペリア星人は一度頷くと、円盤に向かって手を振った。  瞬く間に肉薄する光る円盤。まるで新品の蛍光灯のように眩く光っている。それなのにやっぱり通行人は誰も気が付かないままだった。  円盤の下部にはハッチのようなものがあり、ここが音もなく開いた。  するとその隙間から、淡い緑色の光が漏れてきた。 「あれが、我がテンペリア星の長期航行円盤だよ。僕がドイツで作っていたオンボロ円盤なんかよりも遥かに高性能さ。  見た目にはせいぜい10メートルぐらいにしか感じられないだろうけど、内部の質量は膨大で、とにかく広いのが特長だよ。当然人体に悪影響もない。  それより、何か持っていく物はないのかい?」  その言葉にハッとしたように、彼は大急ぎで部屋の中に戻った。
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