第1章

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 途端に、周囲の風景は滲んだように歪み出し、彼の体は溶けだした星たちと一緒に真っ暗な世界に落ちていくような感覚に囚われた。  次第に意識が薄れていく中、彼は確かに聞いた。 「僕には地球人が認識できる言葉で表す名前はないんだ。僕は白鳥座702番惑星・テンペリア星からやってきた」  ……一体、どれだけ時間が経ったのだろうか。彼は気がつくと、天体望遠鏡のすぐ横で眠ってしまっていた。  やおら起き上がってみると、既に日もとっぷりと暮れていた。目覚めて、最初に彼が感じたことは空腹。次に、先ほどまでの体験が、ただの夢だったことへの落胆だった。 「だよなあ。あんなこと、現実にあるわきゃねえよ」  そう呟いて窓の外を見ると、彼は思わず目を見開いてしまった。  雨はいつの間にか止んでいたのだ。空には満天の星空が広がっていた。天体観測をするには、まさにうってつけの状況となっていた。  「あらら、あの変な星空人間が、おまじないで快晴にさせたんだろうか」  とにかく、夢の出来事がただの夢であってもそうでなくても、折角のチャンスを無駄にしてはならない。  彼はいそいそと天体望遠鏡をベランダに持ち出し、早速レンズを覗き込むことにした。 「なんだかピンボケしてるなあ。これどうやってクリアに見るんだ?」  説明書とレンズを交互に覗き込み、思い通りに使いこなせない天体望遠鏡に戸惑っていると、唐突に腹の虫が鳴った。  そういえば彼は、この日はほとんど何も口にしていなかった。  冷蔵庫の中には、悲しくなるほど何も入っていない。一瞬買い物に出ようとも考えたが、たまたま数日前に買い置きしていたつまみとビールがあったことを思い出した。  星を眺めながら一杯やるのもいい。彼は一目散に晩酌の支度に取り掛かった。  つまみを選びながら彼は、そういえば自分が星についての知識が乏しかったことに気がついた。  学生の頃は流れ星なんかよりも目の前のボールを追いかける日々だったし、彼の妻と出会う前は女性の尻ばっかり追い回していたのだ。  空を眺めることなんて、考えてみれば本当に子供の頃だったり、虹が架かった時だけだった。  息子が生まれたからは尚更だった。足元をヨチヨチと歩く小さな自分たちの天使が怪我なんかしないように、片時も目を離すことができなかった。
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