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彼はそんなにネガティブな人間でもないのだが、流石に失った家族のことを思い返すと陰鬱な気持ちに支配される。
長い溜息の後、いよいよベランダに戻った。
小気味のいい缶ビールの開封音と、小さな小さな「乾杯」の呟き。一先ず彼は、肉眼で星空を眺めながら飲むことにした。
「このビール美味いな。また買ってこなきゃな。まあビールの味はさておき、問題はこの望遠鏡だ。
たしかあのテンペリア星人ってのは、これがどっかへの預け物で、交信する道具だとかいってたなあ」
興味本位から、天体望遠鏡を隅々まで観察してみる。しかし、別におかしな点は見当たらない。ましてや天体観測すらしたことがなかった彼でも知っているほどメジャーなメーカーのロゴまでついている。
所詮は夢の話なのでそこまで気にすることもなかったのだが、とにかく家族を失って人恋しい彼にとって、夢の出来事だとしても誰かと話すことは重要なものだった。
「アイツがいったことがもしも本当なら、この望遠鏡だって普通の望遠鏡じゃないんだ。
どれ、不思議な力でちゃんと星を観測させてくれよ」
勝手なことをいってスコープ部分を軽く撫で、もう一度レンズを覗き込んだ。途端に彼は野太い驚きの声を上げた。
なんと、さっきは確かにぼやけて星も何も分からなかったはずなのに、今度は美しい星々がしっかりと確認できたのである。
「おお、なんだこりゃ! やっぱこの望遠鏡は宇宙人の贈り物かも分からないぞ?」
興奮気味にレンズを覗き込むこと数分。彼は、初めて意識して星空を観測するという行為と、それを可能にしてくれた天体望遠鏡に夢中になっていた。
これほどまでに仕事や家族サービス以外にまともに何かに打ち込んだのは、随分久しぶりのことだった。
だが、しばらくするとまたぞろ彼は溜息をつき、ベランダに腰を落としてしまった。
彼の興奮をあっという間に拭い去ってしまった理由は一つしかない。
「二人にも見せてやりたかったなあ。こんなに綺麗なものが、こんな家の中で見ることができたのに、それに気がつけなかった……」
がっくりとうな垂れる彼だったが、次の瞬間には飛びのくようにベランダの隅を凝視した。すぐそこから、何か音が聞こえたからだ。
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