第1章

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 そこには、生前の彼の息子が愛用していたカラフルなスコップとバケツが置かれていた。バケツにはさっきまで降り続いていた雨水が満杯になっていた。音はここから聞こえた。  彼はバケツの前まで進むと、一杯になった水をしゃがみ込んで眺めた。大人が使うには小さなバケツだが、息子が手にするととても大きく見えたバケツだった。  たっぷりと溜まった雨水には、星空の光の粒が写り込んでいた。彼が指で水面を撫でると、星空はゆらゆらと波打って見える。  それはついさっき夢の中で出会った、あのテンペリア星人の体の模様ととてもよく似ていた。   「おい」  彼はバケツの中の雨水に向かって話しかけた。しかし返事はなかった。  天体観測は、確かに楽しいし、レンズの中に広がる光景は綺麗という他ない。だが、そんな光景を一人で見ているという事実が彼には辛かった。  だからこそ誰か傍にいてもらいたかった。この際テンペリア星人でも誰でもよかった。   「そうだね。折角素晴らしい光景を見るのだから、家族と一緒がよかっただろうね。  地球の観光地ハワイに一人でいくなんて、誰でも嫌がるだろうから」  彼はもう一度、今度は野太く声を上げた。バケツの中から、あの声が聞こえてきたのだ。  自分はここまで追い詰められていたのか。彼はそう思った。  困惑していた彼の目の前のバケツから、徐々に雨水が浮き上がってきた。それは紛れもなく、夢で出会ったテンペリア星人だった。  テンペリア星人はそのまま人間大のサイズにまで膨張し、その体の表面には極彩色の星々が次々に浮かび上がってきた。彼は思わず腰を抜かした。 「あ……あんたみたいのが見えるほど、俺はおかしくなったのか!」  彼が狼狽してしまうのも当然だ。目の前のバケツからこんな怪人が出てくれば、きっと誰でも正気を疑うことだろう。  だがテンペリア星人はそんな彼の肩をポンポンと叩き、落ち着かせようとしてくる。 「いや、君は別に狂ってなんかないよ。こうして現実に正体不明のモンスターが出てきたんだからね。  でもこういう驚きなんて、誰もが何度か体験したものさ。ほら、きっと幼かった頃の君だって、テレビや映画で肌の色、瞳の色が違っている人間を見て仰天しただろ? それと同じことさ」 「そ、そういわれればそうかも知れないが、でもあんたは人間じゃないし、やっぱりビックリするよ!」
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