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テンペリア星人には妻や子供という概念がないのか。それとも地球人の言葉では上手く理解できないのか。説明するのもなかなか難しくなった。
そこで彼は自分の左手の薬指に光る指輪をテンペリア星人に見せて、たどたどしく解説してみせた。
「ええと、まず、この地球には男と女がいて、互いに愛し合って、一緒に暮らすことを結婚というんだ」
そこまでいった彼の言葉を、テンペリア星人は苦笑しながら遮った。
「ははっ、流石にそれぐらいは分かっているさ。でも君にはその妻子も両親もいないじゃないか」
彼の表情は、一瞬陰りを見せた。目の前に地球外からの訪問者がいるというのに、そのとんでもない状況でも事あるごとに思い出してしまうのは、今はいない家族のことだ。
そもそもテンペリア星人に生死というものがあるのかすら分からないが、彼はあまり他人には話さなかった別れの日の話をすることにした。
「あんたらの星では、そんなことないかも知れないけど、俺たち地球人って生き物はとにかく体が脆くて、そのくせ危険なことに出くわすことも多いんだ。
例えばこのベランダの下では車がひっきりなしに行き来しているけど、そんな車に撥ねられたりすると、すぐに怪我をするし、死んでしまうこともある。
俺の奥さんも、可愛い一人息子もそうだった。
ある時、俺たち家族は連れ立ってレストランに出掛けたんだ。その日は息子の誕生日でな。腹いっぱいになるまで、美味いものを食べさせるつもりだった」
彼の瞼が、ヒクヒクと痙攣している。ほどなく瞳にはキラリと光る涙が溜まり、それはまさに頬に零れ落ちようとしていた。
テンペリア星人はただ黙って、彼の言葉の続きを待っていた。
「それで……その時、俺の携帯電話に仕事場から電話が入って。ちょっとだけ二人と離れたんだよ。妻も、子供も、一緒に手を繋いで歩道で待ってたんだ。
そこに大型トラックが突っ込んだ。凄い音がして、ハッとして二人のいた場所に走ったけど、もうその時には……」
流れ落ちる沢山の涙が、コンクリートでできたベランダの床に幾つもシミを作っていった。
「トラックの運転手は、突然車道に飛び出してきたどっかの婆さんを避けようとして、俺の家族に突っ込んだんだ。運転手は悪くないよな。
その婆さんは婆さんで、酷いアルツハイマーだったんだよ。だから、婆さんも悪くない。仕方がない。誰も悪くない」
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