第1章

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 静かに話を聞いていたテンペリア星人が、落涙を我慢できず、とうとう顔を覆ってしまった彼の肩に優しく手をかけた。  そしてテンペリア星人は、しばらくぶりに声を発した。 「済まなかった。君がこの家に一人でいたのは、そういう理由があったとは。  確かに君のいうように、地球人類は文明の利器を次々に発明し、テクノロジーを普及させ、実に先進的な生き物だが、如何せん体が弱い。  それなのに、街には鉄の塊にわっかをつけただけの粗末で危険な乗り物が横行している。  この星の治安を守る警察という組織は、交通事故ゼロの社会を作ろうなんていっているけど、それなのに自分たちは専用の車に乗って、時に事故を引き起こす。  それだけじゃない。交通事故をなくしたいのなら、車を手放せばいいのに、これをしない。  だからいつまでも。きっとこれからも事故はなくならない。僕らにはなかなか理解しがたい文化だよ。君はそんな文化の被害者なんだろうね」  咽び泣いている彼は、この発言に一切の反応をしなかった。いや、できなかったのかも知れない。  自分の家族が交通事故によって死んだことには違いないが、宇宙人の価値観と同じレベルにまで、そうそう人類が到達することはない。  人間は便利なものを手放したりはしないのは当然のことだ。  めそめそと、いい歳をした男が泣いているのを不憫に思ったのだろうか。テンペリア星人は彼にある提案を持ちかけた。 「なんというか、その……こういってはアレかも知れないが、どうだろうか。もし君さえよかったら僕の星にこないか?  僕はこの星での任務を終え、今晩この望遠鏡を手にして母星に戻ることになっているんだ。  我が白鳥座702番惑星・テンペリア星の科学技術は、地球の比ではない。  君の妻子を死に追いやった交通事故なんかない。それに地球人だって少なからず住んでいるんだよ。日本人はいないけどね。  ほら、どっかの政府が非公式に地球外生命体とコンタクトを取っているって噂があるだろ? 実は1960年代に、交換留学生を受け入れているんだ。  だから地球人を迎え入れる準備は万端さ。テンペリア星では既に、彼らの子孫まで育っているんだよ」  テンペリア星人の話を聞いているうちに、自然と彼の涙は枯れていた。
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