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「母さんたち」
「なに?」
「こんにちはー」
「なに?早く言わんか」
何の反応もなかった。聞こえていないのだろうか。
「猫のゆずですよーおーい」
「あ、お昼何がいい?」
「母さんたちには聞こえてないみたいだけど」
やはり聞こえていないのか。さっきの言葉をどうやって伝えれば良いだろうか。信じてくれるかは分からないが、そのままの言葉を伝えるのが良いだろうと幸也と幸人は思った。
「あのな」
「あの」
タイミングが掴めずに勢いで言い始めた幸也と、静かになったタイミングで言い始めた幸人はお互いを見た。
「「さすが兄弟」」
その言葉でみんなが笑った。雰囲気が少し和らいだところで幸人が二人で一緒に伝えようと提案してきた。幸也は喜んで引き受けた。一人で言うには心細いし、幸人に任せたら責任の押し付けみたいになってしまうと思ったからだ。
「「ゆずが拾ってくれてありがとう、大好きだよって言ってた」」
「え?猫なのに喋ったの?」
言葉より言葉を発するところに興味を惹かれる両親は、あまりいないと思った。
「俺があの日拾ったのは、奇跡だったのかもな」
捨て猫だったゆずを拾ってきたのは父の方だった。雨の日に公園で捨てられていたらしい。初めは拾うつもりはなかったが、雨なのに頑張って後ろを付いてくるから拾ったという。だからゆずが選んだ飼い主としては、奇跡と言っても過言ではない。
「そろそろ行かなきゃ」
「もう行くのか?」
どこへとは聞かない。どんな場所かも自分が死んでしまってからのお楽しみというわけで。
「また夢で会うために、笑って送り出してね」
「夢で会うために笑って送り出してだって、意外に可愛いところあるじゃん」
「意外とってなによ」
その言葉で笑いが生まれた。一日の中の数時間だったけど、笑って送り出せる。また会えるから。
夢で会えるのを楽しみにして
「「またね」」
「私たちの夢にも出てきてねー」
声は聞こえなくとも、気持ちだけは伝えたい。そんな思いが詰まった母の一言だった。
幸也は小さくありがとう、と呟いた。
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