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ニセモノ
僕とその人は喫茶店に入ると、1番奥の壁側の席に座った。
「善君、好きなの決めて! 母さん後で見るから」
メニュー表を差し出して来た。別に、隣も後ろにも客は居なかった。僕は隣の席のメニュー表を手に取り、それを受け取らなかった。
「……昔は、賑わっていたのにね? 今日は空いてるのね」
ボソっと独り言のようにそう言って、受け取らなかったメニュー表を手に取って眺めている。
「僕、決まりました」
「何にしたの? もしかしたら母さんも同じかもっ。ふふふ」
両手で口を押さえて笑うその人は、あたかも今日まで、ちゃんと母親をしていたかのように振舞ってくる。
それが妙に気持ち悪くて、僕は会話を打ち切るかのように、無言でベルを鳴らした。昔ながらのシルバーのベルはチリーンと高い音を響かせた。
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