第1章

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 あんなはハンカチをとりかえた。もちろん、おしりにしいているハンカチじゃなくて、さらにもう一枚出したのだ。上級女子とは、ハンカチをたっくさん持っているものなのだ。いつもジーンズのおしりでふいている誰かさんとは大ちがい……って、ほっとけ。  「でも、まだ一度も見てもらってないの。だって、わたし、あの日からお教室に行ってないんだもん」  ぎゅっと、ハンカチをにぎりしめる。  「お部屋のかざりつけをして、お料理のお手伝いもした。ごちそうでテーブルはいっぱいだったよ。全部が終わったんで、あたしたちはみんなリビングで待ってた。飛行機の到着のせいで少しおそくなるって、迎えに行ってる渚先生から電話が入ったの。あ、渚先生って、ひまわりさんの婚約者ね。  待ってる間、わたしたちは座っておしゃべりした。ひまわりさんが来る前にごちそうを食べるわけにはいかないでしょ? で、いつの間にか、宝物の話になった。持っているものの中で一番値段の高いものはなあに? とか、そんなの。  そしたら、先生が『いいもの見せてあげる』っていって、別のお部屋から、大きな箱を持ってきたの。その箱の中から出てきたのは……」  「出てきたのは?」  ついつい、あたしは身をのりだす。  「くま」  「くま?」  意味がわからなくて、首をかしげた。くまってあの、ある日、森の中、出会って、イヤリングかなんかをひろって、とことこ追いかけてくるやつ?  「もちろん生きてるんじゃなくて、ぬいぐるみ。これくらいのテディベア」  あんなは両手で、だき人形くらいの大きさを作って見せた。  「なあんだ」  あたしは身をひっこめた。  「でも、ただのぬいぐるみじゃないのよ。その両方の目が、大きな宝石なの。しかもダイアモンド、しかもイエローダイアモンドっていって、黄色い特別なダイアなんだって。  『これには、とても値段なんてつけられない。高価な高価な、私の一番の宝物よ』って、先生いった。それから、わたしたちみんなにだかせてくれたの。  わたし、ぼうっとなっちゃった。そのベアのずっしりした重さは忘れられない」  あたしはあんなを見つめた。こんなに、たてつづけにおしゃべりをするこの子を見るのは初めてだ。
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