第1章

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 「そうやってわいわいしているうちに、ドアがピンポーンって鳴って。ひまわりさんが帰ってきた! 全員、競争みたいに玄関に走ってった。だって、うわさのひまわりさんを、早くこの目で見たかったんだもの。  ひまわりさんが、渚先生といっしょに入ってきた。誰が見てもうれしくなっちゃうような笑顔で玄関に立って、わたしたち全員にあく手をしてくれた。三歳の末吉ちゃんにまで、『初めまして、お会いできてうれしいわ』って、いってくれたのよ。  そのまま、ひまわりさんを真ん中にして、玄関でおしゃべりになったんだけど、わたしは一人でリビングにもどったの。くまを出しっぱなしにしてたのを思い出して。箱に入れるだけでも、入れといたほうがいいかなって思ったの。  で、リビングに入って気がついた……テディベアがない」  あんなのほっぺたは、うっすら青ざめた。あたりの温度が急に下がった気がした。  「どきどきして、箱の中やまわりを探した。そのとき、『何してるの?』って声がして」  あたしの手まで、いつの間にか氷みたいに冷たくなってる。  「たんぽぽさんが、リビングの入口に立ってた」  あたしは顔を上げた。  「たんぽぽさん?」  あんなはうなずいた。  「ひまわりさんの妹。中学生なんだけど、わたしたちといっしょにレッスンを受けているの。あまり、しゃべらない人なんだ。ひまわりさんとは似てない。ちょっと……」  あんなは口の中でごにょごにょごまかしたけど、あたしははっきりいった。  「つまり、ひまわりさんみたいに、美人でもないし、ピアノもうまくないっていうこと?」  ちょこっと、首をかしげた。あんなは、失礼なことをいわない子なのだ。  「……それで、わたし、たんぽぽさんに聞いたの。『イエローダイアモンドのテディベアが見当たらないの。たんぽぽさん、知らない?』って。そしたらたんぽぽさん、おそろしい顔で叫んだの……『どろぼう!』って」  あんなのほっぺたに、また涙が転がって落ちた。  「だって、あんなは、とったりしてないんでしょう?」  あたしが肩にさわろうとしたら、  「とらないよ!」  顔を上げて、大きな声を張り上げた。  あたしはびくっ、とした。目の前で風船がはれつしたのかと思った。  「わたし、絶対、絶対、そんなことしない」  あたしは友だちの手をかたくにぎりしめた。
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