60人が本棚に入れています
本棚に追加
あんなの目がまた、涙にゆがんだ。
「それから、ペットは飼っていないの。わたしがリビングに入ったとき、動いていたのは、だんろの炎と、時計のふり子ぐらい。もちろん、だんろの灰も、えんとつの中もかきまわしたし、柱時計の中も調べたよ」
「誰かが、カーテンのかげにかくれていた、とか?」
「カーテンも調べたよ。だからたんぽぽさんはわたしのこと、どろぼう、っていったのよ。リビングに一人でいたのは、わたしだけなんだから……先生も、ほかの子も、心の中では、わたしがとったと思ってるかも」
あんなはもう一枚ハンカチを取り出して、顔にあてた。
〇
あたしはため息をついた。ベンチの上でひざをかかえて、正面のすべり台を見た。
たこの形の大きなすべり台だ。
何かが、たこの頭のあたり、すべり台のてっぺんで動いた。
「ん?」
目をしかめた。
黄色いものが、ぼこっと起き上がった。
あたしは思わず、あんなにしがみついた。
しがみつかれて、あんなはハンカチから顔を上げた。あたしを見てから、すべり台を見た。とたん、「きゃっ」と、悲鳴を上げた。
それは、中年男の頭だった。
黄色いのは髪の色だ。麦わらみたいな長い金髪を、後ろで一つにしばっている。ゆっくり、顔がこっちに向いた。サングラスをかけている。生首じゃない。生きた胴体はちゃんと下にあった。すべり台をつつー、とすべりおりて、さっと立ち上がった。あたたかな春の日だというのに、長いコートを着ている。
はげしく、これらの特徴に覚えがあった。
そう、何から何までマダム五十嵐のいってたとおり。
コートのポケットに両方の手をつっこんで、さくさく地面をふんで、男がこっちに来る。
あたしらはしがみつきあった。あんなは、かたかたふるえている。
それであたしは、はっとわれに返った。
あたしは、弱っちい女の子じゃない。
おなかにぐんと力をこめて、一人で立ち上がった。ランドセルの横にぶらさがっている防犯ブザーをにぎった。
「そこから動くな!」
叫んで、防犯ブザーをかかげた。まるで、吹雪を照らすともし火みたいに。
「それ以上近づいたら、これ鳴らすから。すっごい音がして、みんな出てくるんだから」
男は、にやっと口のはしを引き上げた。ポケットから手を出し、コートのボタンに手をかける。
「逃げよう、あんな」
最初のコメントを投稿しよう!