第1章

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 あんなの目がまた、涙にゆがんだ。  「それから、ペットは飼っていないの。わたしがリビングに入ったとき、動いていたのは、だんろの炎と、時計のふり子ぐらい。もちろん、だんろの灰も、えんとつの中もかきまわしたし、柱時計の中も調べたよ」  「誰かが、カーテンのかげにかくれていた、とか?」  「カーテンも調べたよ。だからたんぽぽさんはわたしのこと、どろぼう、っていったのよ。リビングに一人でいたのは、わたしだけなんだから……先生も、ほかの子も、心の中では、わたしがとったと思ってるかも」  あんなはもう一枚ハンカチを取り出して、顔にあてた。   〇  あたしはため息をついた。ベンチの上でひざをかかえて、正面のすべり台を見た。  たこの形の大きなすべり台だ。  何かが、たこの頭のあたり、すべり台のてっぺんで動いた。  「ん?」  目をしかめた。  黄色いものが、ぼこっと起き上がった。  あたしは思わず、あんなにしがみついた。  しがみつかれて、あんなはハンカチから顔を上げた。あたしを見てから、すべり台を見た。とたん、「きゃっ」と、悲鳴を上げた。  それは、中年男の頭だった。  黄色いのは髪の色だ。麦わらみたいな長い金髪を、後ろで一つにしばっている。ゆっくり、顔がこっちに向いた。サングラスをかけている。生首じゃない。生きた胴体はちゃんと下にあった。すべり台をつつー、とすべりおりて、さっと立ち上がった。あたたかな春の日だというのに、長いコートを着ている。  はげしく、これらの特徴に覚えがあった。  そう、何から何までマダム五十嵐のいってたとおり。  コートのポケットに両方の手をつっこんで、さくさく地面をふんで、男がこっちに来る。  あたしらはしがみつきあった。あんなは、かたかたふるえている。  それであたしは、はっとわれに返った。  あたしは、弱っちい女の子じゃない。  おなかにぐんと力をこめて、一人で立ち上がった。ランドセルの横にぶらさがっている防犯ブザーをにぎった。  「そこから動くな!」  叫んで、防犯ブザーをかかげた。まるで、吹雪を照らすともし火みたいに。  「それ以上近づいたら、これ鳴らすから。すっごい音がして、みんな出てくるんだから」  男は、にやっと口のはしを引き上げた。ポケットから手を出し、コートのボタンに手をかける。  「逃げよう、あんな」
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