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必死にゆさぶったけど、あんなは動かない。たましいがどっかいっちゃって、ここにいるのはぬけがらだ。ダメだ、こりゃ。
あたしは目をつぶって、ふんと鼻息を吐いた。ついに、防犯ブザーのひもが引きぬかれた。
「あれ?」
目を開けた。
鳴らない。
かち、かち、かち。今度は横のスイッチを、指が白くなるほど力をこめて押した。
鳴らない。
男は笑った。コートのボタンを上から順番にはずしながら、だ。
「電池切れじゃねえの? 遊びで鳴らしていると、本番のときに鳴らなくなる」
そういわれれば、一年生のときにもらってから、電池なんて一回も交換してない。
もう一度スイッチを押した……ダメだ。やっぱ鳴らない。
そんなこんなの間に、コートのボタンは全部はずされた。
あたしは、防犯ブザーを投げすてた。フリーズしたままのあんなを背中にかばって、ボクシングのポーズでかまえた。声がうら返らないように、おなかに力をこめた。
「なんだこのヤロー、ぶんなぐる!」
あたしなんかまるで無視して、男はコートをするするぬいだ。
ぬいだコートを肩にかけて、腰をかがめた。
息を止めて、目をそらせようとした。でも、見ちゃった……ちゃんとシャツもズボンも着ているし、ファスナーも閉まっていた。
「なんだあ」
あんまりにもほっとしたんで、あたしの全部がほわほわした。
男がたずねた。
「君たち、五小の子? だったら、相川みずきさんって知ってる?」
あたしはぱちくり、まばたきをした。
「あたしだけど」
いってしまって、自分の口をおさえた。しまった、油断した、個人情報流出だ。
「だろうと思った。その顔、昔のおかあさんそっくり」
男は笑って、あんなのとなりに座って足を組んだ。
あんなはまだ固まっている。彼女のたましいは、あいかわらずどっかでふわふわしてる。
あたしは叫んだ。
「あんなに、さわるな!」
男はびくっと、西部劇でピストルを向けられた人みたいに両手を上げた。
「さわってないって。ちょっと落ち着いて話をしようじゃないか。みずき、おれだよ」
サングラスをとった。
あたしはまゆ毛と目をしかめて、男を見た。ほおやあごやおでこに、細かな傷あとがいくつも白くついている。フランケンシュタインってほどじゃないけど、確かにいっぱいある。あたしはまっとうな小学生なんだよ。こんな傷あとや金髪に、見覚えあるわけない。
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