60人が本棚に入れています
本棚に追加
でも、でも、でも、頭の中がもやもやしてきた。どっかで見たこと……。
首をひねったら、ぽろっと出た。
「おとうさん?」
あんながひゅっ、と息を吸いこんだ。ようやくたましいがもどったみたい。
「みずきのおとうさんって……その……みずきが小さいとき」
こくこくこくって、あたしはきつつきみたいにうなずいた。
「うん、死んだよ。保育園のとき」
だから、おとうさんのことは、正直あんまり覚えてない。写真で見たことがあるだけ。
「残念ながら、おれはおとうさんじゃない。しかし、かなり近いぞ。瓜を二つに割ったようって、昔はよくいわれた」
男はあごのぶしょうひげをさすった。
「おれは、おとうさんのにいさんだからな」
あたしの頭の中の歯車が、かしゃかしゃ動きだす。うっすら思い出す。ティッシュにくるまれたようなたよりない記憶。一枚一枚ティッシュをはがす。すると、いろいろ出てきた。
おとうさんのおにいさんってのは、確かにいた、おじいちゃんとおばあちゃんの息子で、おとうさんが亡くなったとき、つまり、あたしが保育園の年長さんのころ、なぜだかいなくなっちゃった、これはあたしの記憶じゃなくって、おかあさんとかに聞いた話かも、区別がつかない……ごしゃごしゃになって頭をかかえた。
「じゃあ、あたしのおじさん?」
男はななめ上を向いて、あごをさすった。
「うーん、それはそうだけど、その呼び方は趣味じゃない。そうだな、ひぐっちゃんで、いいや。呼んでみて、みずき」
まだあたしの頭はごしゃごしゃだったので、つっこみの機能がうまく働いてなかった。で、いわれたとおり呼んだ。
「……ひぐっちゃん」
「はーい」
にやにやして、男は片手をひらひら上げた。
はった、と気を取り直し、あたしは口をぐん、と曲げる。
「ちょっと、まだ、信用してないんだから。ヘンシツシャは個人情報をつかんで、それらしいことをいって安心させようとするって、こないだの安全集会で、おまわりさんがいってたもん」
「変質者?」
男は腕を目にあてて、わざとらしく泣きまねをした。
「ひどいわ、くくく」
「ごめんなさい。でもわたしたち、先生に注意しなさいっていわれてるんです」
申し訳なさそうにあんながいった。この子って、いつでも誰にでも親切なのだ。
男は泣きまねをやめて、あんなの手をにぎった。
最初のコメントを投稿しよう!