第1章

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 男は庭をうろうろして、あちこちじろじろながめている。やっぱり、かなりあやしい。どろぼうが、これから入る家を調べているようにしか見えない。  あんなは携帯を出して、おうちに電話して、ちゃんとおかあさんにわけを話して、電話を切って、にこっとした。  「これで、うちはだいじょぶ」  あたしは友情に感謝した。あんなが帰れば、男と二人きりになっちゃう。それはさすがに、あたしだってこわい。  あんなが男に向いた。  「あのう、質問。ひぐっちゃんって、ホントの名前は樋口さん?」  男は庭のすみからもどってきた。  「するどいねえ、そのとおりだ。樋口丈一と申します。以後、お見知りおきを」  「あ、碑文谷あんなです。よろしくです」  二人はていねいにおじぎをしあった。  あたしはおでこに手をあてた。こういうふうに、個人情報がだだもれていくんだ。  あんなはのんびり質問にもどった。  「えっと、樋口さんは、みずきのおとうさんと兄弟なんでしょ? じゃあなんで、名字がちがうの? みずきの名字は相川さんだよ」  あたしは腕を組んでえばった。  「わかる? ほんとうのおじさんだったら、こんな質問軽いはずだよね」  男は縁側に腰かけた。すました顔になる。  「はい、それは結婚したとき、弟が鏡子さんの名字に変えたからです」  あたしはふん、と息を吐いた。こいつ、おかあさんの名前を調べてんな。  あんなはほっぺに手をあてる。  「へえ、結婚したら、女の人が、男の人の名字になるんだと思った」  「それは決まってないんだ。どっちかが、どっちかの名字にすりゃあいいんだよ。  鏡子さんは世界的な研究者だからね、名前が変わるとめんどくさいことが多い。下手すると今までの論文の実績が認められない可能性もある。だから、しがない勤め人の譲次が、名字を相川に変えたんだ」  おかあさんとおとうさんの仕事も名前も知ってるみたい。でも、しがないってなんだ。  「どうだ?」ってふうに、男はあごを上げた。  「そんなの調べればすぐにわかるもん」  なんだかすごくくやしくって、あたしは冷たくいった。  ため息をついて、男はおなかをおさえた。  「じゃあ、家も調べときゃよかった。探しまわってもう三日目。その間何も食べてないんだよ」  ひざでごそごそ縁側に上がりこんだ。ガラスをすかせて、家の中をのぞく。
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