第1章

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〇  つま先の、先の先まで立てて、最長の背のびをした。  改札口からはたくさんの人たちがひっきりなしに出てくるのに、あんなの姿は見えない。  どうやら、次の電車らしい。あれじゃぎりぎりだって、きのういったのに。  ていうことは、今日も学校までの上り坂を、ノンストップでダッシュっすか。  ランドセルのベルトをきゅっとにぎる。足首をぶるぶるふって、準備運動をしておく。  ったくもう、ここんとこ、あんなは寝ぼう多すぎだ。    ため息まぎれに、あたしは横の切符売り場に目をうつした。  券売機の前に、ちょっとした行列ができている。  行列の先頭は太ったおばさんだ。あたしの小学校の校長先生ぐらいの年の人。機械の前で、すっかりとほうにくれていた。  すぐ後ろのあんちゃんが、ポケットに手を入れて、わざと小銭をじゃらじゃらいわせている。その音ははっきり、「イライラ、イライラ、はやくしろよ、オバハン」とせかしている。  なんだよ、そんなひまあったら、教えてあげればいいのに。  あたしって、考える前に体が飛び出る性格。その場でぴょん、と一回はねてから、おばさんのところへかけよった。  「何駅まで、行くんですか?」  いきなり話しかけられて、おばさんはびっくりしたみたい。でも、ほっと息をついた。  「ええ、飯田橋駅まで」  あたしはうなずいた。  ぶん、と頭をふり上げて、駅の名前がぎっちり書いてある地図をにらんだ。  頭の中の歯車ががかしゃかしゃ動く。ふむ、飯田橋か。ルートが複数あるケース。国分寺と高田馬場のどっちでのりかえするかで、時間も料金も変わってくる。しかも、JRか、私鉄か、はたまた地下鉄か? 行きなれてないと、確かに難しい。  でも、あたしの頭はすぐに正解を割り出した。  「飯田橋なら、馬場のりかえで、地下鉄のほうが早くて安いです」  お金はもう入っていたので、操作パネルをぽんぽん、ぽんとタッチした。  さっきまでむっつりだまっていた券売機は、「しょうがねえなあ」って感じで目を覚まし、ぷいっと切符を吐き出した。  「はい」  切符とおつりを手渡した。  「どうも、ありがとう」  おばさんはにっこり、質問した。  「ぼく、何年生?」  「……」  まあ、よくあることだ。この相川みずきさんにとって、男子にまちがえられる、なんてことは。
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