60人が本棚に入れています
本棚に追加
スカシの洋がにやにや笑いながら、あんなをちゃかした。
「ねねね碑文谷、それって健康法なわけ? 毎日走ってんのに、やせないねえ」
ぽっちゃりを気にしているあんなは、そういわれただけで目にじんわり涙をためる。
あんなの名誉のために強調しとくが、あんなは、全然、まったく、ちっとも、太ってなんかいない。それなのに気にするもんだから、男子につけこまれるのだ。
あたしって、考える前に体が飛び出る性格。
「おら、スカしてんじゃねえぞ、外村」
立ち上がって、洋の肩をどーんとついた。
チビの洋は、かんたんにいすから転げ落ちた。
「何すんだよ、デカ女」
転げたままで、きいきい騒ぐ。
「んだとこら、おまえがチビなんだろがあ」
まっ白なスカシズボンを、上ばきでふんづけてやろうとねらいをさだめる。そこへ、
「相川さん」
冷たい声がひびいた。
片足を上げたまま、あたしはかちん、と止まった。目の玉だけ動かして、そうっと後ろを見る。
アイスマンこと、担任の氷室先生が出席簿の角をなでながら立っていた。
洋があわてて立ち上がって、いすにもどる。
あたしも足をもどして、そろそろ席についた。
アイスマンはメガネのレンズの向こうから、あたしを見て、かすかに鼻から息を吐いた。これをやられると、自分が犬のうんこにでもなったような気になる。
先生はそのまま黒板の前に立った。
「日直」
もう五月だっていうのに、その声はこがらしみたいに教室じゅうに吹きすさんだ。あたしばっかじゃなくて、クラスの全員が肩をすぼめて、寒そうに朝のあいさつをした。
氷室先生って、おかあさんたちと女子のごく一部から、ハンサムとの評判だけど、あたしはちょっと苦手。しかるんだったら、もっと大きい声でしかればいいのに。氷みたいな目で見て、むっつり機嫌が悪くなる……やっぱ訂正。苦手の度合いは、ちょっとどころじゃないし、この先生の機嫌のいいときなんて、見たことない。
三、四年生のときなら、鈴木理子先生に出席簿で、「こら、席につかんか、この飛びはね娘」って頭をはたかれて、みんなであはは、と笑っておしまいだった。
あーあ、つまんない。
あたしは机にほおづえをつく。
先生が黒板に書いてるすきに、洋がこっちを向いておかしな顔をした。
最初のコメントを投稿しよう!