第1章

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 「みずき……聞いてくれる? わたし、苦しくって……たまんない」  「よしきた、聞くぜ聞くぜ」  あたしは、あんなの手をがっしりにぎった。    人がたくさんの駅前をぬけて、近くのたこ公園まで連れていった。  「学校生活の約束」によると、こういうのは道草で、よろしくないらしい。けど、こころの友の一大事なのだ。細かいことは無視することにした。  たこ公園には誰もいない。  あたしたちはベンチに向かった。  あんなは枯葉と砂を払い、ランドセルについたポーチからハンカチを出して、ベンチにしいた。ベンチに座って、両手で顔をおさえた。  それから、しくしく本格的に泣きだした。  あたしはおたおた、その背中をなでた。  「あんな、ねえ、泣かないで。あたしに悪いことがあったら、なんでもずばっといってよ」  あんなは首を横にふった。  「ちがうの、わたしね……」  「うん」  「どろぼうって、いわれたの」  ハンカチで顔をぬぐいぬぐい、話しはじめた。  「ピアノ教室でのことなの。お教室は、油小路先生のおうち。赤レンガに、つるばらがからみついたすてきなおやしきなの。中もすてきで、机やカーテンやスタンドのかさまでくるくるうずを巻いたり、フリルがついたりしているの。あこがれのおうちよ」  顔を上げて、あんなはふっと遠い目をした。すてきなおうちのようすが、心の中に浮かんでいるようだ。  うずを巻いたりフリルのついたりした机やスタンドというのが、いまいちわかんなかったけど、あたしはだまってた。たぶん、問題はそこじゃない。  「その日レッスンはなくて、油小路先生の上のおじょうさんの帰国パーティーがあって、わたしたちもお呼ばれしたの」  あたしは口をはさんだ。  「帰国? どっか外国行ってたってこと?」  あんなはうなずく。  「おじょうさんは、ロシアに三年間音楽留学していたの。ロシアの大学でピアノの勉強をしてたの。ひまわりさんはコンクールで賞をとって、胸を張って帰国したの」  「へえ、ひまわりさんっていうんだ、そのおじょうさま」  あんなはにっこりした。  「そう、その名前のとおり、明るくって、美人で、とってもすてきな人なの。わたしのピアノも見てくれるって……」  そこまでいって、急に暗い顔になった。  あたしは思わずかまえる。この子が倒れたらどうしよう。
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