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「みずき……聞いてくれる? わたし、苦しくって……たまんない」
「よしきた、聞くぜ聞くぜ」
あたしは、あんなの手をがっしりにぎった。
人がたくさんの駅前をぬけて、近くのたこ公園まで連れていった。
「学校生活の約束」によると、こういうのは道草で、よろしくないらしい。けど、こころの友の一大事なのだ。細かいことは無視することにした。
たこ公園には誰もいない。
あたしたちはベンチに向かった。
あんなは枯葉と砂を払い、ランドセルについたポーチからハンカチを出して、ベンチにしいた。ベンチに座って、両手で顔をおさえた。
それから、しくしく本格的に泣きだした。
あたしはおたおた、その背中をなでた。
「あんな、ねえ、泣かないで。あたしに悪いことがあったら、なんでもずばっといってよ」
あんなは首を横にふった。
「ちがうの、わたしね……」
「うん」
「どろぼうって、いわれたの」
ハンカチで顔をぬぐいぬぐい、話しはじめた。
「ピアノ教室でのことなの。お教室は、油小路先生のおうち。赤レンガに、つるばらがからみついたすてきなおやしきなの。中もすてきで、机やカーテンやスタンドのかさまでくるくるうずを巻いたり、フリルがついたりしているの。あこがれのおうちよ」
顔を上げて、あんなはふっと遠い目をした。すてきなおうちのようすが、心の中に浮かんでいるようだ。
うずを巻いたりフリルのついたりした机やスタンドというのが、いまいちわかんなかったけど、あたしはだまってた。たぶん、問題はそこじゃない。
「その日レッスンはなくて、油小路先生の上のおじょうさんの帰国パーティーがあって、わたしたちもお呼ばれしたの」
あたしは口をはさんだ。
「帰国? どっか外国行ってたってこと?」
あんなはうなずく。
「おじょうさんは、ロシアに三年間音楽留学していたの。ロシアの大学でピアノの勉強をしてたの。ひまわりさんはコンクールで賞をとって、胸を張って帰国したの」
「へえ、ひまわりさんっていうんだ、そのおじょうさま」
あんなはにっこりした。
「そう、その名前のとおり、明るくって、美人で、とってもすてきな人なの。わたしのピアノも見てくれるって……」
そこまでいって、急に暗い顔になった。
あたしは思わずかまえる。この子が倒れたらどうしよう。
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