恋花火

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 俺はあいつに告白されたことがあった。十年前――お互い高校三年の頃。一緒に行った花火大会で、小ぶりな――三号玉の花火が打ち上がったときだ。  ――お前のことが好きなんだ。友達としてじゃなく。付き合ってほしい。  土手でふたり、レジャーシートを敷いて座っていた。あいつとの距離は近く、花火の音はそこまで大きくなかった。  俺はあいつの告白を聞き終えて、驚いていた。驚いて当たり前だ。ずっと友達だと思っていた男に、いきなり「好きだ、付き合ってほしい」と言われたのだ。  弘毅のことを一人の人間として、友達として、俺は好きだった。だから、あいつにちょっと裏切られたような気分になっても、きつい科白が出ないよう唇をぐっと噛んだ。  返事を促すように、焦れた声で名前を呼ばれ、俺は最善の方法を数秒で考えるしかなかった。  ――ごめん、花火の音でよく聞こえなかった。なんて言った?  聞こえなかった振りをした。これが一番良いと思ったのだ。  弘毅の顔を一瞥し、それからまた、火花が浮かぶ空に視線を向けた。  あのときのあいつの顔は、今でも忘れられない。裏切られたような顔。魂を抜かれたような目。  俺から良い返事がもらえると思っていたのだろうか。あいつの思惑は分からない。以後、どちらからも高三のときの花火大会のことは語らない。禁句になっている。  告白されたとき、俺には付き合い始めたばかりの彼女がいた。その子に夢中だったから、弘毅の気持ちに応えることはできなかった。彼女がいなかったら応えていたのか――自問しても答えは出ない。  ただ、彼女ができたことを弘毅に言えなかったのはなぜなのか、考えることがある。自分だけ彼女を作ったという後ろめたさのようなものがあった。俺はどこかで、あいつの気持ちを察していたのかもしれない。  俺と弘毅は違う高校に通っていた。あいつは偏差値の高い普通科の高校。俺は地元の工業高校だ。だから高校時代はそこまで頻繁に会っていたわけではなかった。週に一回会えればいい方だった。高校を卒業してからは、もっと弘毅と会う機会が減った。あいつは大学に進学し、俺は縁故で煙火製作所に就職した。
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