カサコと地蔵

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カサコと地蔵

季節は春うらら。私はうつらうつら。 心地よいリズムを刻み走る電車の、柔らかな日差しが差し込む窓際席。こんなVIP席で眠くならないワケがない。 誘われるままに瞼を閉じて思い浮かべるのは、今向かっている思い出の街。 夕焼けを浴びて光る海、黄金色(きんいろ)に染まる原っぱと、眩しく輝くお地蔵様のいる田んぼ道…。 小学校からの帰り、毎日の様に見ていたあの景色が、家の事情で引っ越してからも忘れられなくて。また会いたくて。 そして私は、就職を機にこの街へと戻ってきたというワケだ。 「─お地蔵様よ、私は帰ってきた…!!」 電車から降りて、引越し先のアパートへと歩く道すがら。 変わらずそこにいたお地蔵様へ、まずは最初のご挨拶と私は小さく、しかし威勢よく呟いた。 それが久しぶりにお参りする態度かと思われるかもしれないけれど、このお地蔵様と私にはそのくらいの関係がある…と、思っている。 あれは私がまだこの街に住んでいて、幼さゆえに純粋無垢だった小学生時代。 雨降りの帰り道にずぶ濡れのお地蔵様を見た私は、せめてこれ以上濡れない様にと自分の傘をお地蔵様に差して、そのまま置いて帰った。そして親にめっちゃ怒られた…。 その後も、さすがに傘を差し置きする事はしなかったけれど、雨が降っていると少しの間でもとお地蔵様に傘を差して。最終的に、その現場を見た男子から『カサコ』とか『カサコじぞう』とイジられたりなんかして。今や良い思い出だし、そもそも私の苗字は衣笠なのでカサコでも全然アダ名として成立するんだけど。 …話が脱線したけれど。 こうして振り返ってみると、私が勝手に仲良したと思っていただけの話だった。 でもこの道は通勤経路だから、また長いお付き合いになるし。そのうち本当に仲良くなれたりするかもね。 「お地蔵様、馴れ馴れしくてごめんなさい。改めて、まずはお友達からお願いします。」 私は謝りつつも結局は自分勝手によろしくして、改めて手を合わせた。
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