(一)

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部屋に帰ると猫がシャワーを浴びていた。 鍵を探しているあいだ、鼻歌が窓の向こうから聞こえていた。 小さなアパートだから脱衣室なんてない。 わずか四畳足らずの板の間が、玄関兼、台所兼脱衣場だ。 床に無造作に投げ出されたバスタオル。 僕は磨り硝子の扉の向こうへ向けて「ただいま」と声を掛ける。 猫は扉を細く開けて、おかえり、と鳴いた。 濡れた猫の頭を撫でてやる。 ネクタイを外しスーツを脱いで、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。 何をつくろうか。昨日買っておいたキャベツを、とりあえず刻むことにする。 猫が風呂から出てくる。 バスタオルにくるまって、包丁を持つ僕の手元をのぞき込む。 「お腹空いた?」 訊くと、ちいさくうなづいた。
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