〇ヵ月.貴明

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〇ヵ月.貴明

「よし、これで荷物も全部だな……ふぅ。狭いとこで、ごめんな」  最後の荷物を部屋に運び入れ、僕は涼子に声を掛ける。冷蔵庫や机といった大型家電、段ボール箱は引っ越し業者に全部お願いしていたが、細かい物は節約しようと僕の車で新居まで運んできた。車からは自分たちで運び入れる、涼子も僕も汗びっしょりだ。 「ううん、そんなことないよ。段ボールなんかは全部押入れに入っちゃったし。それにさ……」  部屋は1LDKで家賃は7万。東京の一等地であることを考えれば破格の賃貸ではあるが、やはり少し狭い。それでも疲れや不満なんて感じさせないような笑顔を涼子が僕に向ける。やはり良い子だ。 「それに……?」 「何より狭い方が貴明くんより身近に感じられる気がして……」  ぽっと顔を赤らめる涼子……本当に良い子だと思う。 「……恥ずかしいけど、嬉しいよ。それにしても同じ部屋に住んで生活して、ようやく結婚したって気になるね」 「籍入れても実際は半年間お互い仕事も忙しかったし、一人暮らしだったもんね……それに何より前のあなたの家にはさ……」 「……あれは本当迷惑かけたよ、ごめん。大丈夫、君のところには来てない?」  ちょっとだけ涼子の顔に影が差したような気がする。僕自身もあまり思い出したくはないが涼子の前に付き合っていた女に僕がちょっとストーカー被害を受けていたのだ。実は仕事以上に、なかなか涼子と暮らす踏ん切りがつかなかった原因である。警察にも相談したのだが、脅迫や刃傷沙汰になる案件は無かったので、あまり取り合ってもらえなかった。 「うん……私自身があの子に刺し殺されたりするのかなぁと思ってたけど、あの子本当に貴明くんのことだけがともかく好きって感じじゃない?」  肩を抱く涼子、その顔には少し恐怖の色が浮かんでいる。ストーカーの女は新しい彼女への報復によく出るというが、あの子の場合は一途に俺だけを求めてくるだけで涼子のことなんて全く見えていない感じがする。ともかく、涼子を安心させなければ。俺は無理やりにもテンションをあげていくことにする。 「そうだね、僕もあの子が涼子に手を出すようなことは無いと思うよ……ごめんな、入居早々嫌なこと思い出させちゃって……。あぁ俺、もう涼子と毎日一緒に過ごせるなんて本当嬉しくて仕方ないよ! お腹空いてきちゃった、はやく中で引っ越し蕎麦食べよう!」 「……うん!」
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