俺のヴィーナス

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子供としては憎むべき対象なのだろうが、顔が母さんに似ている俺は、人の好みも母さんと似ていた。 俺は美咲さんに会った瞬間、彼女が好きになった。恋愛感情ではなく人として。 スッと凛々しく立った花菖蒲のような女性だ。飾り気がないのに美しい。 彼女の清廉な空気が満ちるこの店では、アルコールを提供しても泥酔客は発生しない。清々しい美咲ミストは空気清浄機の役割を果たし、カップルのきわどい会話すら、山林の小鳥のさえずりに変えてくれる。 そんな場所で、俺は週に2日働いている。 小遣いは父さんから毎月20万振り込まれているが、母さんから「働きもせずお金を手に入れてもその有難みはわからないわ。使うなとは言わないけれど、労働する大変さを学びなさい」と言われ、美咲さんにアルバイトで雇ってもらったのだ。 働くなら知ってる場所がいいと思ったからだが、理由はそれだけではない。アルバイトでまず思い浮かんだのが接客業だったが、いかんせん俺はこの外見だ。大抵の店で女性に騒がれることは目に見えている。 その点、ここなら完全アウェーだ。誰も俺に色目を使わない。まるで無味無臭の空気のようにスルーされる。変に警戒せず気楽に働ける素晴らしい職場だ。 「智典、オーダー」 「はい」
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