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 部屋中に甘い香りが広がる。  これは、そろそろ菓子が焼き上がる合図だ。  二人の休みが揃った日の午後、朝陽は隼士の好物であるマドレーヌを焼いていた。 「よし、順調順調」  オーブンの中、オレンジ色の光りを浴びながら狐色に焼き上がっていく生地を見て、朝陽がうんうんと頷く。  そういえば隼士が言っていたが、朝陽のマドレーヌは「世界で一番美味い焼き菓子」らしい。どんな高級なものも、有名なパティシエが作ったものも、朝陽のものには及ばない。そこまで言い切るほどの惚れ込みようだ。  しかしそんなマドレーヌだが、実は至って普通のもので、別段、特別な食材が入っているわけでも味を変えているわけでもない。  じゃあ何が違うのかと言えば、ただただパサパサとした生地が苦手な隼士のために、蜂蜜とレモン汁を加えてしっとりさせただけ。  たったそれだけでも、隼士にとっては天と地ほどにも違う物になるらしい。  本当に、料理というものは不思議なものだ。誰かのためと考えるだけで、同じ料理が全く違うものになるのだから。  料理は愛情だ、なんて良く言ったものだと思う。 「美味しそうな匂いだ。焼き上がりが待ち遠しいな」     
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