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 隼士は昔から優秀な男だった。高校の定期試験では毎回学年で三本の指に入っていたし、大学も国内最難関大学の法学部に現役合格した。言うまでもなく、司法試験も一発合格だ。彼が望む裁判官への道は一般的に厳しいものだというが、隼士なら不可能ではないだろう。  果たして、そんな有能すぎる男の恋人が自分でいいのか。その悩みはずっと心に住み着き、度々顔を出しては朝陽を苦しめた。昨晩、いつになく緊張を顔に浮かべた彼から指輪を差し出された時も、だ。  隼士と誓いを交わせば、ずっとともに過ごせるようになる。自分にとってはこれ以上の幸せはないと思ったからプロポーズを承諾したが、隼士の方は本当にこれで幸せになれるのだろうか。  パートナーの存在を誰にも明かせず、優秀な遺伝子を残すこともできない。こんな人生、他の人間が聞いたら、絶対に反対するはずだ。 「ふぅ……」  一つ大きな呼吸をして、左の薬指に嵌まったエンゲージリングを指ごとギュッと掴む。  そういえば昨日、隼士はプロポーズの場で「お互い、今年の誕生日で三十歳になる。その節目に身を固めるのが一番の機会だと思った」と言っていた。  その言葉が今は別の意味に思えてならない。  三十歳の節目、消えない不安、そして記憶喪失。それらが導き出す答えと言えば、もう――――。 「オイ、朝陽」 「え、あ……はい?」     
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