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桜が、まるで身震いでもするようにざわざわっと音を立てた。
風がそよとも吹かないのに。
何年も何年も前にこの手で植えた木、包み込むように枝を広げるその木を見上げると。
木漏れ日に紛れて、あいつが、腰掛けているのが見えた。
「…」
沈黙。
声もなくただ見つめるこちらの様子を見て、やつはにやと笑った。
「老けたな」
…第一声がそれか。
「…仕方ないだろ。その桜がそこまで育つくらい時間が経ったんだから」
「ま、それもそうだ。…よく世話したな。立派な木に育ったじゃないか」
そう言われれば悪い気はしない。
せっかくこの国で一番愛される花の木を植えるのだから、いっそこの国で一番美しい花の木にしてやろうと密かに企んでいたから。
…ただ。
これと寸分違わぬところに植わっていたあの桜も、それはそれは見事な木だった。
「まさかあれがなくなるなんて思ってもみなかったけどな」
この木の下でまた会おうと約束をした。
でもそれからいくらも経たないうちに、幼い二人を木陰に抱いていた桜は落雷で焼けてしまったのだ。
焦げた木の傍らに佇んで待ったけど、会えなかった。
葉も花芽もつけられなくなった木は、倒れる恐れがあるからとやがて根こそぎ取り除かれて跡形もなくなってしまって、途方に暮れた。
諦めきれず何もなくなったその場所に幾度となく通ったけど、結果は同じ。
もう諦めようかと思った時、はっと思いついた。
なくなったのなら植えればいいと。
といっても思っていたほど簡単ではなく、心ない大人や子供や犬に、苗木を切られたり焼かれたり掘り返されたりしながらも、なんとかここまで大きくなった。
あの約束の木と同じくらいに。
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