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「それ、外食とかコンビニ弁当に慣れてるからっすよ。濃い味付けにお酒ばっかり飲んでるから、舌がバカになってんですよ」
樹が食べ進めるのを見てから、駒井も同じように食事をはじめた。立場が入れ替わったのではないかと思わせるほどの言われ様に、思わず苦笑する。
「料理できるんだな」
「俺、一人暮らしして結構長いんで、これぐらい当たり前っすよ」
「長いって、どのぐらいだ?」
「えーっと、今年で二十六っすから八年目?」
思いがけず駒井の年齢まで分かった。年下だろうとは思っていたが、予想よりは年が近いことに驚いた。
「八年目なら俺と同じか」
「えっ。えーっと、すいませんが、おいくつですか?」
「今年で二十九だ。あぁ、名乗ってなかったな。飯野だ」
歳を聞かれる前に一瞬目が泳いだのが見えた。そういえば、まだ名乗ってなかったと、ようやく気づく。
「二十九っすか?もっと若いと思ってました……。飯野さん、下の名前はなんっすか?」
「樹」
「樹さんっすか。綺麗な名前ですね」
すらりと出てきた言葉に一瞬ドキリと胸がなった。この歳になって綺麗などと言われる機会などないので、妙に動揺した。それを誤魔化すために、樹は慌てて別の話題を振る。
「それにしても、この寒空の中に下着一枚で追い出すとは、彼女もひどいことをするな」
出てきた話題は、彼と出会った初めての日の事だ。そもそも、はじめて会ってからまだ二十四時間も経っていないのだから、他の話題などあるはずもない。
「彼女……?」
「違うのか?もしかして、友人だったか?」
下着一枚という姿で追い出されたのだから、勝手にそういう最中に痴話喧嘩で追い出されたのだと思っていた。
「いや、えーっと。恋人なのは恋人で間違いないんですけど……」
歯切れの悪い言葉にあまり触れない方がいい話題だったかと焦る。すると、樹が何か言うよりも早く駒井が口を開いた。
「えーっと、樹さん、隣のヤツに会ったことあります?」
「いや、すまないが多分ないと思う」
「あー、それでか。まぁ、あいつ生活時間帯めちゃくちゃだから、無理もないっすよね」
そう言って頭を掻きながら、飲みかけのビールをゴクリと大きな音を立てて飲む。樹の方を見て、もう一口飲む。それを何度か繰り返して、ようやく駒井は口を開いた。
「恋人っつーのは間違いないですけど、彼女じゃないです」
「ん。どういうことだ?」
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