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 待ち望んで生まれた子ということもあって、両親は深い愛情と将来のための厳しさを持って、樹を育てた。そんな両親に深く感謝をしていたからこそ、早く親孝行したかった。 「でも、引くよな。大学生で、しかも付き合ったばかりで結婚の話をするような男は。そんなんだから、全然上手くいかなかった」 「その彼女が結婚したいほど好きだったってわけじゃないんですか?」 「……いや、今考えたら目的が結婚になっていただけだと思う。別れたのは、父親が死んですぐだった。ひどい話だったよ。それまで結婚の話を口にするたびに睨んでくるようなヤツだったのに、急に結婚しようって自分から言い出してきた」 「なんで……」 「遺産と保険金の話をどこかで聞いたらしい」  駒井が息を飲む気配がした。 「俺も最低な付き合い方をした自覚はあったが、相手も相手だったな。おかげで周りが信用できなくなった」  一人で住むには思い出が重すぎる家を売り、今のマンションに引っ越してきた。彼女と別れてから、それまで居た友人とも距離を置くようになっていた。 「卒業も内定も、祝ってくれるやつは居なかったな」  思い出しながらつぶやいたはずの言葉が、やけに重く心に沈んだ。その時にはもう、一番祝って欲しい相手がこの世に居なかった、その事実は八年経った今でもこんなにも重い。  喉が渇いたと思ってビールの缶を傾けるが、いつの間にかカラになっていた。一本飲み干しても喉が渇いていることに驚く。こんなにも自分のことを話したのは、はじめてかもしれない。 「悪い。もう一本だけ飲んでいい、か……?」  空き缶を持って顔を上げ、止まった。 「おまえ、なに泣いてるんだ?」  テーブルに顔を向けて、駒井は大きな肩を何度も跳ねさせていた。伏せていて見えない目からバタバタと涙が落ち、テーブルの上に小さな水溜りができるほどだ。  駒井らしくない淡々とした声は、嗚咽をこらえていたからなのかもしれない。 「な、なんだっておまえが泣くんだ?」 「す、すんません。でもっ、泣きますよ。泣くでしょ。泣いちゃいけないんですか!」 「いや、悪くはないんだが……」  泣き叫ぶような声に思わず怯んでしまった。 「それじゃあ、樹さんは八年間ずっと生活力もなく一人だったってことだろ」 「まぁ、そういうことになるが……」
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