ワガノワの桜

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「そういえば、恵斗とどれくらい会ってない?」 「うーん、半年くらい?」 兄の恵斗は、スポーツ推薦で全寮制の高校に進学し、瑠花は一年のほとんどをロシアで過ごしているため、滅多に会うことはない。たまに帰国できても、恵斗のラグビーの合宿と被ったりするので、会えたとしても一年に数回だ。 「恵斗、急に身長が伸びてね。見上げながら喋らないといけないの」 「そうなんだ…」 父が190センチ近くあるので、遺伝なのだろう。瑠花も同級生の中では長身の部類に入る。だから、骨格や筋肉のつき方なども審査するワガノワに入学できたのだと、瑠花は思っていた。  目的地のピョートル宮殿でタクシーを降りる。瑠花たちがここを訪れるのは二度目。ワガノワに合格した時以来だった。 ロシアのヴェルサイユと称される、壮麗で華美な宮殿。巨大な噴水群と金色の装飾の数々が、晴天の下で光を反射している。 「相変わらず、すごい宮殿だこと」 「たしか、内装はもっとすごかったよね」 黄色と白のファサードが印象的なバロック様式の宮殿も、室内の絢爛さとは比ぶべくもない。全面金箔貼りの部屋がどこまでも続き、壁には大判の絵画が所狭しと飾られている。しかし、今回の目的は、贅の限りを尽くした皇帝一家に想いを馳せることではない。 「桜はこっちね」 母はパンフレットの写真を指差しながら、夏庭園(レトニーサッド)を進んでいく。瑠花はその後ろをついていった。 艶やかな芝生の上に、大小様々な彫刻が並んでいる。薔薇のアーチを抜けると、一際賑やかな広場の中央に、桜並木が見えた。 「すごい!本当にロシアにも桜が咲くのね」 現地のロシア人に混じって母は、異国で堂々と咲き誇る桜を見上げている。 「なんだか不思議。五月にも桜が見られるなんて」 「お母さん、そんなに桜、好きだったっけ?」 日本にいた頃、家族で何度か花見をした記憶はあるが、瑠花がロシアに渡り、恵斗が高校に上がってからは、そういった一家団欒も少なくなっている。母はそれを、寂しく思っているのだろうか。
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