1.首吊りタオルと置手紙

2/2
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
 ダイニングの柱にぶら下げておいた首吊り用のバスタオルが、帰って来たらなくなっていた。三十五歳独身の志野修一は、その事実にあっけなくうろたえる。  だってあれだけ入念に準備したのだ。もうずっと死ぬ事ばかり考えていて、首吊り設置から強度の確認に一週間を費やした。昨日の夜だって、夜勤の仕事に行く前にタオルの輪っかを何度も引っ張り確かめて、それからテーブルにココアを一杯作り置いて家を出たはずなのだ。  なのに。 「……どうして」  思わず、部屋を見回す。  朝日が差し込むマンションの自室はいつも通りで、そもそも彼は一人暮らしだ。だからこんな事をする人間なんてもういない。しかし現実に首吊りは撤去され、バスタオルはテーブルの上に丁寧に畳まれている。  自分でしたのではない。  なら一体、誰が?  答えはすぐに分かった。畳まれたバスタオルの上にはメモが一枚置かれていたのだから。見ればこう書かれていた。 『お願いします。あなたの目には触れませんので、どうかここで過ごさせて下さい。  あと、物騒な物は怖いから外しておきました。生きてれば良い事ありますよ。私が言うのもヘンですけど。  それとココアごちそうさまでした! ほんと美味しかったです!』  ……いや、どうしよう。志野の時間が停止する。  志野はその字を穴が開くほど凝視して、しばし我を見失うかの様にぼーっとして、思い出したようにテーブルを確認する。 「……家の鍵、掛けたっけ」  空になったマグカップを、志野は長い時間、見つめていた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!