入場

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入場

そこは小さな小さなチャペルでした。けれど、たくさんの人であふれていました。皆さん、そわそわしていてドキドキしていて、気持ちが昂ぶっているご様子。本当は静かにしなくちゃってわかっているのに、落ち着かなくてつい声が高くなる。だから、扉のコチラ側にいても、向こう側がどれだけ活気に満ちているか充分伝わってきます。 『ああ、これからあんなにたくさんの人の前に出るなんて』 ドキドキ、体の内側から早鐘のように胸を震わせている音が耳の裏側にまで響いています。さっきまでの笑顔が消えてゆくのが目に見えるようだわ。 『大丈夫よ。落ち着いて。さっきのリハーサルで一通りのことはやれたじゃない。大丈夫。大丈夫』 諭すように励ますように語りかけていると、コンコン。控室の扉がゆっくりと開かれました。そこから顔をのぞかせた女性がにっこり笑って。 「お待たせしました。それでは新郎さん、参りましょうか」 「はい」 隣りに座っていた雄也さんが立ち上がった。自然と目で追います。 「じゃあ、行ってくる」 「うん。あとでね」 そう言った彼の、肩越しの笑顔。彼もちょっと緊張してるみたいね。なんだかちょっと安心しちゃった。 彼が出て行った後、しばらくすると音楽が聞こえてきました。生演奏がやっぱり良くて弦楽四重奏の方々に来ていただきました。その分、小さなチャペルはパンパンになってしまったのだけれど。 「それでは皆さま、どうぞそのまま、後方、扉にご注目ください」 チャペル内のマイクの声は外側にも聞こえます。司会者さんの優しい声。壁越しに聴いてもやっぱり魅力的ね。彼女に司会をお願いして正解だったわ。 「雄也さんのご入場でございます」 歓声と拍手の音が聞こえてきました。扉が開いたのでしょう。控室からはその様子は想像することしかできないけれど。 丈の長いフロックコート。華やかなシャンパンゴールドに身を包んだ雄也さんが一礼して、バージンロードの両サイドに座るお客様からはフラッシュの嵐と拍手が沸き起こる。ああ、目に見えるようだわ。
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