すっぴんハート

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「なんなの、さっきの『テン子』って…… ずっと苗字で呼んでたくせに」 「うるせーな。 あいつらが好き勝手言うからムカついて、 うっかり昔の癖が出たんだよ」 乱暴な口調で言う哲哉が、どんな顔をしているのか あたしには見ることができない。 涙でメイクがぐちゃぐちゃだし、 付け睫毛がずれてるのはまだしも、右のアイプチが取れて一重になってる気がするから。 「てゆーか…… どうして急に、名前で呼ばなくなったの? 幼馴染だし、隣に住んでるのに。 苗字で呼ぶ方が不自然だし、逆に意識してるみたいじゃん」 ずっと言いたかった言葉が、思いがけずに 口からこぼれた。 こらえてた涙があふれたときと同じように。 どうしてあたしにだけ、冷たくするの? どうしていつもあたしから、ほんのちょっとだけ目を逸らすの? どうして昔みたいに ……『テン子』って呼んで、笑ってくれないの。 しおれてた気持ちが、哲哉に聞きたいたくさんのことで破裂しそうに膨らんで、 苦しかった。 哲哉のスニーカーのつま先が、回れ右をして踵になる。 まさか、帰る気? 引き留めようとして口を開きかけたとき 哲哉が掠れた声で呟いた。 「―――悪いかよ」 思わず顔を上げる。 でも、哲哉はあたしに背中を向けているから 魔法が解けかけた顔は見られずに済んだ。 日に焼けた哲哉の首の後ろが、 夕焼けよりも真っ赤な色に染まっていた。 「幼馴染のこと意識しちゃ、悪いのかよ」 ―――あたし達は。  子供のころから、ずっと一緒だった。 哲哉が8歳のときに野球を始めるまで、ずっと。 おたふく風邪も水疱瘡もインフルエンザも、いつも哲哉から伝染(うつ)された。 だから今、あたしの耳が熱いのは ……絶対に、哲哉のせいだ。
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