第1章

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 バカな期待をする心に『そんなわけがないだろ。自分の立場を分かれよ』って言うの。  それでも止められない期待を胸に私は帰宅した。  いつものように家事をこなしていつ母に話しかけようかタイミングを計っていた。  親と話すだけでこんなにも緊張するなんてって自嘲する。  なかなかタイミングがつかめず、結局話しかけられたのは母が寝る前だった。  「あ、あの。今日、先生にコンクールに出席しないかって言われたの。  それで、そのこれ、コンクールのお知らせなんだけど」  私が見せたお知らせに母は一度だけ視線を寄越した。  「出ることにしたの」  「ふぅん」  「あ、あの、来てくれる?」  「何で?面倒くさい」  『ほらね』  と、私の頭が私の心を嘲笑した。  「あんたのピアノなんて下手の横づけじゃん。聞く価値なんてあるの?」  私のピアノ、一度だっけ聞いたことがないのに、どうしてそんなに言い切れるのだろう。  「もっと聴けるようになってから言いなさいよ。恥ずかしい」  何が恥ずかしいのだろうか?  先生から声がかかったってことはコンクールに出られるだけのレベルには達しているってことじゃないの?  それともこれって私の自惚れ?  だとしたら確かにとんだ恥さらしだ。  「・・・・気が、向いたら来てね」  それを言うだけが精一杯だった。 ◇◇◇  直前まで必死になってピアノの練習をした。  もし、万が一、母が来てくれた時に恥ずかしい演奏だけはしたくなかったから。  私の心は懲りずにまだ期待をしているの。  本当に、バカだね。  そして、迎えたコンクール当日  会場を見渡した限り母の姿はなかった。  でも、お客さんは多いから見つからないだけかもしれない。  『本当にバカ。どう見たって来てないだろ』  心はまだ期待している。  頭はそんな心を嘲笑する。  「神山さん、頑張ってね。  大丈夫、練習通りにすればいいだけだから。  神山さんならできるよ」  「はい」  先生の励ましを受けて私は壇上に上がった。  少し客席からどよめきが起きたが気にしない。  椅子に座り、フーッと息を吐いて、緊張を外に逃がす。  鍵盤の上に手を置く。いつもよりも指が重い。  大丈夫。あんなに練習した。大丈夫  そう自分に言い聞かせて一度目を閉じる。  それはほんの数秒程度だが私にはとても長く感じた。
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