第1章

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 会場の視線、声、その全てが消え失せた時私は目を開け、弾き始める。  よし、出だしは良かった。  大丈夫、このままいける。  指の重さはもう感じない。  軽やかにステップを踏み、私の紡ぎたい音を紡いでくれる。  コンクールの結果は優勝だった。  とても小さなコンクールだった。  それでも優勝できた。  それがたまらなく嬉しくて、でも実感がまだ湧かなくて、抱き締めてくれる先生の姿さえ他人事だった。  努力が実った瞬間は全てを忘れられるぐらいとても幸福だった。  暫く会場を探してみたがやはり母の姿はなくて、私は両親や友達と楽しそうには帰って行く人達の横を素通りして家に帰った。  今日は休日なので家には母と父が居た。  「あの、優勝した」  私はトロフィーを二人に見せた。  「おめでとう。凄いじゃん」というのは父の言葉  母は一度だけトロフィーを見たが何も言ってはくれなかった。  「あの、これ、どうすればいい?」  「どうって?」  「その、飾る所っていうか、仕舞う所っていうか」  「自分の部屋に仕舞えばいいじゃない」  「・・・・・分かった」  『ほらね。だから言ったんだ。お前はバカだって』  うるさい。  『分かっていたことだろ』  分かってた。  『じゃあ、何も泣く必要はないな』  ・・・・ないよ。どこにも。  私は自分の部屋に戻り、声が出ないように腕で口を押えて泣いた。  私の足元にはトロフィーと賞状が転がっていた。  優勝した時の嬉しさは完全に消え失せていた。  私はいつの間にか眠ってしまっていた。  時間は夜の二〇時を回っていた。  ご飯は昨夜作って冷蔵庫に入れておいたからみんなは食べただろう。  それにしても誰も私を呼びに来てはくれなかったのか。  お腹はすいていたので仕方なく階下に行った。  「もう少し、何となならないのか?」  居間から父の声が聞こえた。  私は何んとなく足を止めた。  「何が?」  これは母の声だ。  居間で二人で話をしている。  「柚利愛のことだ。可哀想だと思わないのか?」  何それ。  父はいつも事なかれ主義  そんな父の言葉が私の胸に響くことはない。  目の前で私がどんなことを言われても父は見ないふりをする。  母が居ない時に「お母さんももう少しお前に優しくしたら良いのにな」と言う。  そんな父の言葉が響くわけがないのだ。  同情なんて要らない。惨めになるだけ。
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