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夜型の生活が続く俺は朝の九時から午後三時くらいまでは寝ている。だから、起きて外へ出ようとしても、その頃になると学校では「蛍の光」が流れるさよなら下校モード。俺がバリバリ元気な時間帯には、ネクタイを締めた帰宅途中の皆々が、アカメガシワの木にへばり付く蝉が如く満身創痍に吊革に捕まっている。そう、世俗という太陽光の熱射をモロに浴びている働き蟻ならぬ、働き蝉の視線を横目に、市井というお天道様に顔向けできない生活を送っている俺。だが、皮肉ではなくマジで、同世代の背広の連中に顔向けできない気分に陥る。蝉のように脱皮できない、と。俺が徹夜して疲れた顔で、朝っぱらのコンビニに出かける最中、通勤途中の彼らとすれ違う時もそうだ。やましい事をしている訳ではないけれど、朝の通勤ラッシュから定時まで戦い抜いている、スーツという甲冑(かっちゅう)を身に纏(まと)う企業戦士達に対して後ろめたい気になる。そう、本当は今
頃、俺もマシな仕事に就いて、社会という戦場(いくさば)に身を投じているはずだった。
少なくとも四年前はそんな未来予想図を描いていた。当時、大学を中退したにも関わらず、だ。
ワールド・カップのノリの時と同じく、これまた予定とは違う結果になった。四年前のあの頃と何も変わらない。いや、住処は変わった。上野の隅の方にある一九六五年築のボロ木造アパートからの脱出には成功した。風呂なし、収納なし、ゴキブリ付きの四畳半。タバコの焦げ跡が多々ある腐った畳に、網戸のない西向きの窓。はずれかけのドアノブがスリリングな共同便所。オンボロとはいえ水洗なのはありがたいが、トイレット・ペーパーは常時皆無。貧乏住民がパクって、イヤらしい事にでも使っていたのであろう。けれども、便器におミソだけは頼みもしないのに配備されている。そんな部屋が俺にとっての上野だったので、とっとと上野から抜け出したくなるのは必然だった。だが、上野に俺はまだはびこっている。引っ越しをして、幾分、部屋の家賃が上がった分ゴージャスになり、上野公園からも近くなった。
つまり、上野からは出ていない。
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